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2010.09.07

宗教に入りたい(9)

宗教に入りたい

誰から強烈に誘われたということでもなく、ただすがりたい気持ちが強くなっていて今はクリスチャンになりたいものだと思っています。

中2病真っ盛りの頃には田中芳樹にはまっていて思い出すだに恥ずかしいんだけど唯一神信仰=他の宗教の人を殺してもいい野蛮な人たち!キリスト教イスラム教だめ!なんて本気で思っていました。

実家は仏壇に山盛りにしたご飯をあげる系の仏教ですがそんなに信仰深くはないと思う。

ただ、こんなあやふやな心意気でも大丈夫なのかなたとえば近所の教会にいきなりアポなしで仲介者なしで行ってもいいもんでしょうか。

布教の人というのは興味ないときにはいるけれどあるときにはなかなか出合えないもんですね。

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http://anond.hatelabo.jp/20100905005558

厨二真っ盛りの時に、アンチキリスト教足り得る、様々な思想を知ったと思う。

それらの大半はおそらく今でも自分自身が反論できない事だと思うんだが

そういった「宗教にとらわれない事で生まれる不信・反感」を、「宗教」がどう覆すのか是非知りたい。

何派に入りたいという思いがそうさせたのかも教えて欲しい。

ざっくりカトリック系かプロテスタント系かでもいい。

あるいは厨二の時に不信や反感を持っていたのはこういう点で、

それは何派の協議であって、自分が

入信したいのは何派だから違うとかでもいい。

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http://anond.hatelabo.jp/20100905011502

アンチ一神教的なものは単純に十字軍やイスラム教がらみのテロリズムから来ていたと思う。じゃあ一神教じゃないところの人たちが恐ろしいことをしなかったのかというとそうでもないことに徐々に気がついた。包丁だって使い方ひとつで梨の皮をむいたり人の皮をむいたりなんだろうってことに大人になると気づかざるを得ないよね。その程度の浅い人間なんだけれどもさ。

まだ何派というところまで考えてはいないけれど、カトリック系がいいかなと思っている。

ぼんやりしすぎていて返事としては期待外れだろうで申し訳ない。

今はふとした瞬間に祈る相手がいるとそれが少しでも具体的なものだろうならどんなにか気持ちが楽になれるだろうか、それだけ。

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http://anond.hatelabo.jp/20100905013643

祈るだけなら、べつに宗教に入らなくても祈ればいいんじゃないかなって思う。

縛られたいっていうか、なんかの証がほしいの?

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http://anond.hatelabo.jp/20100905084219

縛られたいのかな。

ただ祈っていて何になるの?と疑問に思ってきた。

自分が思っている祈る対象がなんだがグロテスクな私物化された怪物のようなものの気がするのでちゃんとした形がほしいっていうか。

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http://anond.hatelabo.jp/20100905013643

確かに期待していた答えとは違ったよ。

っていうのも、厨二病を引き合いに出した割に元増田がカトリックになりたい根拠も

(=無神論や身近なほかの宗教ではだめな理由)

同じく厨二的な

「なんか知らないけど(知らないから)響きがカッコイイ/効果がある気がする」

でしかないって事だよね?

考えてない、って言われそうだけどもうちょっと絞って聞いてみる。

(そんな事どうでもいい。”カトリック”になりたいだけだから、なら無視してくれ)

一神教じゃない宗教でテロ行為があったとしても、それは”同じ程度の悪”とはならないのか?

”同じ程度の悪”であるのにもかかわらず、何故かつて嫌悪感を抱くほどの知識がある宗教を信奉する気になったのか

一神教ゆえに引き起こす「悪」の部分はどうやって無視できるようになったのか(=一神教でなければ起こす可能性もない)

そうした悲劇をもたらす思想だと分かっていても、尚信奉を始めようとするのは何故か

(一神教自体は別に信じていないからどうでもいい/悪い行為を行うのは個々の問題であって、その理由たる教義は無関係(一神教という思想から来た争いという事自体を否定))

何故キリスト教/カトリック系なのか。身近な仏教、神教、流行りのホメオパシーではなぜ駄目なのか

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http://anond.hatelabo.jp/20100905142159

かたじけないくらいにいまだ中2病的にカトリックになりたい程度なんだと恥ずかしくなるんだけど

絞ってくれてありがとう。ちょっとがんばって答えてみる。

>一神教じゃない宗教でテロ行為があったとしても、それは”同じ程度の悪”とはならないのか?

→どこの世界に属していても「同じ程度の悪」からは逃れられないし、逃れられていると思っていてもそれは気のせいで目をつむっているだけだと思うようになった。テロ行為そのものは何を信じていようがあるだろうし多分、水で水死する人がいるから水が悪いんだと言うようなものなのかなあ、と思うようになってきた。

>そうした悲劇をもたらす思想だと分かっていても、尚信奉を始めようとするのは何故か

→悲劇をもたらす思想は追い詰められた人や自然現象が厳しい世界の人たちに根ざしている気がする。目の前のつらいことから救いを求める際には厳しい内容が含まれざるを得ないのではないかと。そういうものにすがりたい気持ちなんだ。答えになってない、ごめん。

>何故キリスト教/カトリック系なのか。身近な仏教、神教、流行りのホメオパシーではなぜ駄目なのか

仏教でも神教でもホメオパシーでもいいんだと思うよ。ただ、区切りとしてきっぱりとしたものを求めたいと思うと洗礼だとかの形がはっきりしているものがいいと思ってる。遠い親戚にカトリック系を信仰している一族がいるんだけどお葬式がなんかシンプルでよかったんだ。

あー書いていて自己嫌悪になるくらい浅はかに考えてることがわかった。

とりあえず聖書買ってくるよ。

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http://anond.hatelabo.jp/20100906005115

こちらこそ、ありがとう。

無神論だった人間が宗教に傾倒していく課程の生の声って、すごく興味深い。

(大概もう倒れ臥しちゃった後の、いい事尽くめマンセー!って声しか出ないから)

どこの世界に属していても「同じ程度の悪」からは逃れられないし、逃れられていると思っていてもそれは気のせいで目をつむっているだけだと思うようになった。テロ行為そのものは何を信じていようがあるだろうし多分、水で水死する人がいるから水が悪いんだと言うようなものなのかなあ、と思うようになってきた。

個人的には現在の日本が諸外国よりもそうした宗教がらみの悪業から逃れているのって

無神論者が多いからだと思っているので、

目をつぶっているだけで同じ程度の悪が存在している、という考えは面白かった。

具体的に何を持ってそう考えてるんだろう。

「一神教という思想があるから人が死ぬんだ、一神教が悪い」というのが

「水で水死する人がいるから水が悪いんだ」に変化したのって、

宗教が(扱いによっては凶器だが)必要不可欠だという認識が生まれたからだよな。

けどその場合の死というのは自らの行為で水死という結果がでただけなんだから

水死しても自業自得だよ、という事でもあるよな。

そこまでの覚悟が生まれたのはすごいと思う。

「だから同じ水でも、水死するような水には近づかない」にはならず

むしろその水に突っ込んでいこうとしてるんだもんな。

それって自殺願望…じゃないよな?

(水死することもあれば、させる事もあるんだから、自殺とは限らないけど)

悲劇をもたらす思想は追い詰められた人や自然現象が厳しい世界の人たちに根ざしている気がする。目の前のつらいことから救いを求める際には厳しい内容が含まれざるを得ないのではないかと。そういうものにすがりたい気持ちなんだ

「悲劇をもたらす思想」の構造については全く持って同感なんだけど、

そこから「そういうものにすがりたい」ってどう繋がってるのかな。

例えば、貧困や、弾圧。家族が殺される、ってのが「追い詰められた厳しい世界」で

「厳しい内容が含まれざるを得ない」ってのは、相手の思想の攻撃的な否定や報復の事だよな。

それらにすがりたいというのは…何を求めているんだろ?

仏教でも神教でもホメオパシーでもいいんだと思うよ。ただ、区切りとしてきっぱりとしたものを求めたいと思うと洗礼だとかの形がはっきりしているものがいいと思ってる

イニシエーションはいわば信者の釣りと確保だから、これは納得できる。

会員様だけ10%割引でお得ですよ!って会員証みたいなモンだからな。

敷居の低さと間口の広さは、元増田にとってはイコール魅力の低さって事かぁ。

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http://anond.hatelabo.jp/20100905005558

ニューエイジをおすすめする。

二千年前の砂漠の民に「生肉は穢れて(=腐って)いるから食うな」とか言われても「は?」って感じでしょ?

既存の教団宗教はもう教義が古くてぼろぼろなんだよね。

その点ニューエイジなら、片足突っ込む分には哲学と科学の高次元での止揚だから。両足突っ込むと電波だけど。


コメント

日本人にとって宗教とは薬のようなものである
ちょっと舐めれば気持ち良くなるが
使い続ければ中毒患者となる。

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