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2009.06.30

醜くて苦しい(4)

醜くて苦しい

常に、自分で選んだと思っていたい。

これは、自分が選んだ結果だと。

だけど、自分の中から沸き上がってくる、

醜い感情にびっくりする。抑えられなくて苦しい。

あんなにしてあげたのに! あんなにしてあげたのに!

辛い時には支えたのに! 欲しい物はあげたのに!

だけど君は何もしてくれなかった! 本当に何もしてくれなかったんだ!

私がいちばん辛い時に、彼女を作ってそして捨てたんだ!

私には約束さえしてさえくれなかったのに!

こんなこと、思いたくない。思いたくないんだよー(泣)!

だって、自分で選んだことなのに! だけど、どんどん出てくる。

見返りが欲しくてしてるわけじゃないって、

そう思っていたけれど。

平然として、そして、そう装っていただけ。

そして、装うことに慣れてしまっていたから、こうなっている。

だから、最後は泣いたけど、なるべく平然として、綺麗に終わった。

友達としてこれからもっていう彼に微笑んで。

全部知ってるなんて、思ってないだろうなぁ。

今、一番、彼を傷つけられるのは、

私が死ぬことだなぁって思ったりする。

傷つけたいなんて、思いたくない! 思いたくないのに!

だけど、彼が傷つくなら死んじゃいたいなぁとか思う。

きっと本当に死んだりできないけれど、ふと思う。

苦しい。

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多少お金があっても満たされない話(10)

多少お金があっても満たされない話

決して金持ちではない。せいぜい子金持ちレベルの話。

3年ほど前、年収一千万を超えた。弱小規模広告関連、現在35歳。

今年の年収は二千万に届きそうなくらい。

で、先日ボーナスが支給された。手取りで700万ほど。

金額としては申し分ないし恵まれているとも思う。

だが個別査定の面談ではあまり褒められなかった。

制作した仕事のクオリティには自信もあったしクライアントからの評判も良かった。

が、社長からは特に制作物に関してのコメントは特に無かった。

家に帰って妻にボーナスの報告をした。

金額的には褒められたが、あまり嬉しそうでは無かった。

その主な理由はマンション購入を私が渋っており、

もっと高価な賃貸への転居も渋っているためだ。

今の仕事は特に浮き沈みが激しい。

ボーナスが多い分、年収が安定せず3割減などめずらしくない。

そんな中で固定費を増やすのは危険であるし、そもそも都内のマンションは高すぎる。

場所によっては5千万でも悲しくなるような広さ、仕様だったりする。

みんな年収の5倍前後も借金して不動産投資(住居ではあるが)することにためらいはないのだろうか?

年収が500万程度の頃は一千万あったらどんな素晴らしい暮らしが出来るのかと想像していたが

現実はそれ程変わっていない。むしろ質素になったくらいだ。

仕事の対価として金をもらってもそれだけで満たされることはない。

関係する多くの人に認められ、良い関係を築き維持することでしか満たされない感情もある。

ぐだぐだと書いたが結局信頼する上司である社長に褒められたいし、

身近で大切な存在である妻に褒められたいだけなのかもしれない。

お前は役に立つ存在である、あなたと暮らしていて幸せである。と。

金融資産1億以上とかのホントの裕福層になるとまた違うのかね。分からないけど。

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某取締役の発言との乖離具合がなんともね(10)

http://anond.hatelabo.jp/20090630005752

某取締役の発言との乖離具合がなんともね

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同棲(7)

同棲

彼女が本格的にうちに引っ越してくるらしい。

今もほとんどうちに来ているから同棲しているのと同じだけど、

借りている部屋も全て引き払ってくるというのだ。

何となく嫌だなぁ。

確かに家賃だって半分になるし、ご飯の心配もいらないけどね。

はりきっている感じ?ウキウキしているのがひしひし伝わるんだ。

結婚大前提でうちに来るのは、わかっているけど、

…ちょっと萎える。

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社会人不適格かも知れない(5)

社会人不適格かも知れない

最近になって、自分は社会人として不適格なんじゃないかと思い始めた。

今の職場は過去に何度も意思疎通不足で大きく方向性を間違えて痛い目を見ているため、高い頻度で打ち合わせを行う方針になっている。

だが、最近になって、この「打ち合わせ」を自分が非常に苦痛に感じていて、参加中常に非常に苛立っていることに気がついた。

  1. もともと現在自分が行っていることに割り込まれると不快感を覚える
  2. 些細な別件で呼び出しておいて、そこから長時間の打ち合わせを行う、ということがある
  3. 内容が仕事の話なのかただの雑談なのか判らないことがある
  4. 話しながら考えられるので余計に苛立つ
  5. たまに気軽そうな雰囲気を出そうとしているようだがそれが却って苛立つ
  6. 大体にして自分の意見を言っていいと思えない。そのくらい周囲のキャリアが長い

必要だからこういう体制になっていることはよく判るし、キャリアの短い自分が方向を間違えないようにしていることも、自分が身勝手で尊大過ぎるのは言われなくとも判っている。

こんなことでいちいち苛立っている自分は、おそらくこの職場に向いていないんだろうとも思う。ただ、だからと言って抜け出したところで、こんな自分が別な仕事をできると思えない。

慣れるのが早いか、ストレスでハゲるのが早いか、逆切れして怒鳴り散らすのが早いか、そんなチキンレース状態だと思いつつ、また呼び出しが入ったので行ってくる。

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アニメ会社とアニメーターが貧乏なのは自業自得なんじゃないの?(2)

アニメ会社とアニメーターが貧乏なのは自業自得なんじゃないの?

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1279027.html

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1279027.html

陰謀論じみた、テレビ局や広告代理店のせいだという人が多いなぁと思ったので書く

昔、IT系の専門学校に講師で行ってて、アニメのコースも併設してたからアニメ業界の人も講師にいて、話す機会があったんだけど

アニメ会社はとにかくリスクを嫌って投資をしないと言ってた

アニメ会社にとっての投資とはなにかといえば、自社版権なんだけど

自社版権ビジネスなんて、ゲーム会社では当たり前だけど、アニメ会社は一部を除いてしていない

その重要な部分が他社の物なんだからそりゃ儲からないと。版権握らないと、グッズで儲からないからね

なんでそんなに重要な版権ビジネスに乗り出さないのか聞いたら

自社でイチからキャラクターやお話を考えるとお金がかかるからなんだと

さらに人気が出るかどうかが分からない。

それならば儲からないけど、すでに人気のある版権を借りてこよう

となるわけだな

でも京アニはその辺上手いことやってるみたいだ。

無名の原作持ってきて、原作者と権利的においしいことしてるんじゃないの?

っと、らきすたが大人気だったときだったから、その人はそんな事を言ってた

今考えると、原作絵のらきすたじゃなく、京アニのらきすたで世間のオタは消費してるみたいだから

京アニにお金が入ってきてるのかも知れない

けいおんも相変わらず京アニデザインにして、京アニブランドでやってるから

また儲かっちゃってるのかもね

DVDも売れない時代に、とくに外人どもに金出させるとしたら

グッズしかないんじゃないの?

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webサービス作るのしんどくなってきたよ・・・(1)

webサービス作るのしんどくなってきたよ・・・

自社サービスを開発している。

そこそこユーザーも集まってきて、

それなりに知名度も上がってきて、

会社の規模も大きくなってきて、勢いもある。

でも、相変わらず広告によるビジネスモデルしか収益モデルがない。

いや、無いわけでは無いのだ。

広告に頼らないビジネスモデルの案はいくつもある。

実現すれば、その市場は独占できると確信もしている。

しかし、実現するには超えなきゃ行けないハードルがいくつもある。

出版、印刷業界の市場の仕組みを著しく破壊してしまう。

当然卑劣で目を疑うようなバッシングも受けるだろう。

法律問題も、利権問題もクリアしなきゃいけない。

問題は山積みである。

でも、あの業界も現状の危機をしっかりと認識しており、

WEBに目を向けるようにもなってきてはいるので、

双方とも何とか歩み寄ってやって行こうではないかという姿勢は見せるようにはなった。

なので、こっちからも提案するし、向こうからも提案してくるしで、

意見交換は活発に行われてはいる。夢はもう描き終えたぐらい。

しかし、そんな状態のまま、突破口がどうしても見出せず、

気持ち悪い状態のままもう長い時間が経っている。

結局の所、法律や利権問題がクリアできない。

そんな状態のまま、明るい未来描けているのに実現できる希望が無いまま、

先の見えないWebサービスを作り続けてきたけど、、

でももう、正直しんどい。疲れた。疲れたよ。本当に。

こんな事考えないでいい環境に身をうつしたい。1年ぐらいゆっくり暮らしたい。

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合コン(4)

合コン

妹の友達から紹介されたS嬢は女の子っぽいという触れ込みだったけど、実際にあってみたら凄いネガティブな印象。

生きていること自体がつまらないんだろうなと感じてしまうような暗い人でした。

ルックスも完全に左右対称な人間なんていないとはいえ、S嬢は口が左に曲がりすぎ。

しゃべったり、笑ったり(といってもにやりとする程度)すると口だけが左に曲がるのがとても気になる。

初対面の時からべたべたと僕に触ってきたりしたので気に入られたんだろうなと思っていたら案の定後日妹から

彼女の方は僕のことをとても気に入ったようだけれどお兄ちゃんはどう思っているのか聞いてもらえないか?と友達経由で依頼されたらしい。

1回で判断を下してしまうのも悪いというか了見が狭いような気もしたのでその後2回デートしてみたのですが、やはり僕の印象は変わらずでした。気持ちが変わるかも?というのは淡すぎる期待でした。

申し訳ないけれど彼女とはもうこれ以上ないなぁと思っていたところS嬢の方から飲み会をやりましょうというメールが来ました。

メンツはS嬢と紹介元の妹の友達(I嬢)のほかに別の友達を連れてくると言うので、出会いの機会を増やすように努力している最中(いわゆる婚活ですね)だったので快諾。最終的に4対4で銀座のダイニングを予約して合コンの開催をしました。

男のメンツは事情を何も聞かず僕のことをフォローしてくれるという頼もしい前職の先輩(I氏)と後輩(G氏)、現職の同僚(M氏)で参加しました。

女性側はI嬢とS嬢がお友達、さらにI嬢はH嬢を連れてきて、S嬢はB嬢を連れてきたということでした。

私はS嬢とI嬢はもうすでに知っているのでM氏、I氏が間に座って僕は今回初参加のH嬢とB嬢の間に座りました。

どちらかというとB嬢が好みのタイプだったので結構頑張って?!コミュニケーションを取り合コン中に連絡先の交換をしたのですが、S嬢がちらちらとこちらを見ているのが判って一寸怖かったり(自意識過剰かもしれませんが、気になっている異性がほかの人と仲良くしてたら誰でもそうなりますよね?)

芸能人では誰が好きか?という話題になったとき僕は井上真央が好きと言ったのですが、その後しばらくしてからS嬢とB嬢がお手洗いにたって、二人が帰ってきてからのB嬢の第一声が「Sちゃんってさっき言ってた井上真央に似てない?」でした。

これにはストレートすぎて卒倒しそうでした。

女の子って怖いなぁ。

今回の4人は顔見知りということだったし、集合時間前に4人集合していたようだし(男は職場がばらばらなので現地集合でした)

女性陣的にはS嬢を何とかする会だったのかなぁ?

あとI嬢は紹介する度にルックスが悪くなっていくテレビや漫画のような典型的なパターンだったのですが

(S嬢よりH嬢の方が見た目もてなさそうな感じ)

S嬢は僕にはS嬢より好みのタイプのB嬢を連れてきてしまうあたりもS嬢は少し変わってる感じでしたね。

来月も別口でお願いしているので、合コンの予定があるのですが女の子の言う可愛いは当てにならないというのが今更になって判ってきたので過大な期待はしないようにしておかないと。。。

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3Dで滅茶苦茶リアルな児童ポルノを作ったらどうなるの?(6)

3Dで滅茶苦茶リアルな児童ポルノを作ったらどうなるの?

俺はゲームやらないからあんまわかんないんだけど、

FFとかみても今3Dの技術ってすごいじゃん。CGじゃなくて、実写じゃないの?って思うくらいのレベル。

もちろんそれってそれなりのスキルやら設備があってのことだろうけど、

今後10年くらいで個人レベルでも「どうみても現実(CGじゃない)」っていうくらいの、

相当のモノが作れるようになると思うんだ。

で、もし3Dで滅茶苦茶リアルな児童ポルノを作ったらどうなるの?

もう誰がみても現実だとしか思えないようなクオリティのヤツ。

たとえば制作の過程を全部ビデオで撮影しておいて、

3Dとして無から作り出したものであって、一切現実の児童をモデルにしてないって証明したら、

「被害者」はいないわけだから、「実際の児童をモデルにしてる」とかいう反論はできないよね。

裏DVDやら無修正動画のかわりに、リアルな3D児童ポルノを作ったら、めっちゃ売れるんじゃね?

今、児ポ規制問題でモメてるけど、俺は二次には法的な規制がかからないと思ってる。

でもこういうのが出てきたら、どーなるんだろう?

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株式会社「はてな」が滅亡するとき(3)

株式会社「はてな」が滅亡するとき

以下は株式会社「はてな」の行く末と同じくらいにどうでもいいことなんだが、自分のブログよりこっちの方が読者が多そうなので書かせてもらうよ。

まあ何が不満かっていえば、マイケル・ジャクソンの扱われ方ね。世代がどうとか趣味がどうとかいう問題とは別に、マイケル・ジャクソンの死は単なるポップスターの死とは異質な出来事だってことは読者のみんなも分かっているということを前提にして話を進めるので、ここで「?」と思った人はもう読まなくていいよ。時間とってごめんね。あ、あとマイケル・ジャクソンって誰だよ、って人もね。

僕はエルヴィス・プレスリーの死、ジョン・レノンの死についてはほとんど何も知らない。その時何が起こったかを見守った、という意味で「知っている」と言えるのは今回のマイケルだけだ。でもそんなこととは関係なく、今回の出来事が凡百のエンターテイナーの死とは異質な出来事で、前二者の死と同じ何かのマイルストーンになるってことは知っている。有名人の死、というのは消費されるべきひとつのエンターテンメイント・イベントでしかないけれども、この出来事は画面や紙面を通じて僕ら、つまり世界中の人間にひとつの進行形の歴史の波頭を突きつけると同時に、音楽というどこまでも個人的な体験にひとつの永訣を迫ったという意味で特別なんだ。

あの日Twitterのタイムラインを眺めていると、”Where were you when MJ died?”という問いが永遠に問われ続けるだろう、ていうポストがいくつもあった(このフレーズで検索してみるといいよ)。マイケル・ジャクソンが死んだ日、君がどこにいて、何をしていたか、というのはこれから先ずっと問われ続け、語り続けられるだろう。なぜなら、それが個人と歴史が出会ったということの証し立てだから、ってことだ。この日は決っして忘却されない。なぜならこの日僕らの人生は多かれ少なかれ決定的な変化を経験していて、それを僕らは言葉によって語ることができるから。そうやって僕らは歴史を共有し、歴史を生きながら他者と出会ってゆく。マイケルを除くあらゆる人間が、そのようにしてマイケル以外の誰かに出会うという、同じひとつの可能性を生きる。それが、マイケル・ジャクソンのいない世界を生きるということだ。著書のなかでジョン・レノンの訃報に触れた瞬間の出来事をまるで昨日のことのように克明に語っていた佐藤良明みたいにね。あの日カーラジオに耳を傾けていた佐藤良明を揺り動かしたものと同じ何かに、僕らはまさしく触れていたんだ。

それはどんな出来事でも同じことだ、と言われるかも知れない。確かに個人と歴史の出会いという意味では同じかも知れない。でも、今これを読んでいる「僕ら」にとっては違う。なぜなら世界中の「僕ら」の中に、マイケルを知らない者はいないから。そういう意味で、これは日本の偉大なるプロレスラー三沢光晴の死や、日本の偉大なるロッカー忌野清志郎の死ともまた異質な出来事なんだ。悲しさでいえば、僕の周りには清志郎が逝ったことの方が悲しい、という人は多いけれどね。僕個人がマイケル・ジャクソンとその死についてどう思っているかは、ここでは関係ないから書かないことにするよ。

さて、自社サイトのニュースメディア性に自覚も出てきた「はてな」はあの日の出来事をどう伝えただろう。

「はてブ」のトップページを見ていた人は最初「いま話題」の欄がマイケルになったとき、説明文が同名のバスケットボール選手になっていたことに気がついたはずだ。これは「はてなキーワード」の冒頭がそうなっていたためだと思うけど、「いま話題」が手動で書かれていることが明らかになった今では、何で修正しなかったのだろうっていう疑問を持たざるを得ない。それから、「はてなブックマークニュース」でマイケルの話題が扱われた記事のタイトルは、最初に「マイケル・ジャクソンさん死去――死期を“予言”した質問が発見される」、そして「“最高の80年代をありがとう“ マイケル・ジャクソン追悼サイトが作成される」だ。最初のものを見て、僕は「はてな」は滅亡すべきだと確信しかけたね。あらゆる意味で、記者の、編集長の、そして株式会社「はてな」の「神経を疑った」ってやつだ。「はてな」が世間と連動して情報を発信する自社コンテンツとして開始した「はてなブックマークニュース」を利用して、唯一あの日に伝えるべきことが、それだったとはね。ブックマークでもネット一般でもものすごい話題になっていたイランの騒ぎをほとんど黙殺しているのは何故だろうとか、「はてなブックマークニュース」についていろいろ思うことはあるけれど、「死」そのものを発端にしたニュースとしては、なんていうかあまりに酷いんじゃないかって思ったんだ。非常にナイーブにね。どう言っても自己申告型の言い放しにしかならないけど、卑近な言い方をすれば、セクハラに同席しているみたいな軽い衝撃というか、なんだか人に言いにくい不思議な感じがした。別にあの記事はすごく普通で、どこも不謹慎なところや無神経なところはないんだけどね。まあ君は読んでくれてるみたいだからついでに甘えて言い訳すると、僕自身よく分からないからこんなことを書いているんだ。

で、その直後のデザインと「いま話題」のエヴァ化ね。「『いま話題』って広告枠だったのかよ」という指摘に対する「広告じゃなくって応援しているだけです」とかいう申し開きがどこまでも斜め上だってことは「はてな」の皆さんには理解できないんだろうな。アニメの真似事する前にもっとやることがあるだろうとか、いろいろ言いたいこともあるけど、ひとつだけ確実なのは「はてな」はコミットする、っていう言葉の意味を知らないってことだ。コミットする、っていうのはひとつの決断だが、コミットしない、というのも同じ決断であって、さらにいえば決断しない、っていうのも、積み重なって歴史を形成するひとつの決断なんだよ。そしてその歴史は君たちの歴史であると同時にあらゆる人間の歴史でもあるんだ。

ま、言いたいことは何も書いてないけれど、僕が言いたいことなんてとりあえずどうでもいいんじゃないかな。大事なことは、遠い将来、どこかの街角でマイケルの歌声を聞いたときに僕が泣くだろう、ってことだ。もし君が泣いていたら肩を抱いてあげるさ。それから何か話すことがあれば、何かを話そう。僕らがそのようにしてマイケル・ジャクソンと生きる時代になるなんて、一体誰が予想できただろう、とかね。そして残念ながら、そのときにこの京都の IT 企業は完全に忘却される。彼らの決断としてね。

ね、本当にどうでもいいことだろう?

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小説概論(1)

Ⅰ、小説概論

まず話の筋の作り方を考え、次にそれをどのように小説として表現するかを見、最後に小説を書く上での国語的諸注意事項を述べる。

§1、小説とは?

 そもそも小説がどのような構成要素から成り立っているかを考える。

§2、物語られるもの

2.1.1話の筋

 まず、小説だけではなく物語一般の話の筋がどのように出来ているかを考える。

多くの物語は、欠損-充足の形を持つ。欠損とは主人公が目的とともにない状態を、充足とは主人公が目的とともにある状態のことを言う。

簡単な言葉に直すと、物語は主人公に何かが足りない状態から始まり、それが満ち足りた状態で終わる場合が多いということである。

また、満ち足りた状態にたどり着くためには満ち足りた状態になるための行動が必要になる。そして行動をとるためにはその機会が与えられないとならない。

ここまでをまとめると、物語の筋は

欠損 – 機会 - 行動 - 充足

となる。

具体例としては、

少女は城で行われる舞踏会に行き、王子に会いたかった(欠損)。

少女は魔女にカボチャの馬車を与えられる(機会)。

少女はカボチャの馬車で城に行く(行動)。

そして王子に会うことが出来た(充足)。

ただ、物語の面白みのためには、充足が起こらないほうが良いかもしれない。行動の結果が、充足の起こらない失敗に終わり、それが新たな欠損となり次の話の筋を紡ぎだすこともありうる。

よって、物語を構成する基本的な四つの要素は

欠損 - 機会 - 行動 - 結果(充足または失敗)

であるとする。この一連の流れが組み合わさることによって、物語は出来上がる。

具体例としては、

少女は城で行われる舞踏会に行き、王子に会いたかった(欠損)。

少女は魔女にカボチャの馬車を与えられる(機会)。

少女はカボチャの馬車で城に行く(行動)。

そして王子に会うことが出来たが、十二時の鐘がなったので帰宅しなければならない(失敗に終わった結果、新たな欠損)。

王子が少女の落し物の靴を持って少女を探す(機会)。

少女は名乗り出て靴をはく(行動)。

王子は少女が舞踏会で出会った少女であると認識して、二人は結ばれる(充足)。

後味の良し悪しの面から見て、最終的には充足で終わった方が良いように思われる。

また、欠損があって、それを解決する機会を与えられれば物語が始まることがわかる。

また、欠損を細分化したうえで見つかる欠損というのも考えられる。

たとえば、

鬼を退治するためにはお供を仲間にしなければならない。

お供を仲間にするためには黍団子を持っていなければならない。

黍団子を持つためにはおばあさんから黍団子をもらわなければならない。

おばあさんから黍団子をもらうためには黍団子の材料を買ってこなければならない。

というように。

 このようにすれば物語はいくらでも引き伸ばすことが出来る。また、物語のサイズによって、どの程度まで細分化できる欠損なのかを慎重に選ばなければならない。

2.1.2伏線

 物語は、話の筋それ自体で面白いことが最善であるけれども、それが出来ない場合には伏線によって面白さを増幅させるしかない。

 ここでは、仮に伏線には四種類あるとする。

ⅰ)質問―答え

ⅱ)ある現象/行為への意味の付加―行為/現象の再現

ⅲ)行為・現象―行為・現象のリフレイン

ⅳ)思い込み―認知

 それぞれ、順を追って説明する。

 ⅰ)質問―答え

 物語冒頭に置かれた質問に、ラストシーンで答えることで感動を増す。

 具体例:どうしてキノはこの汚い世界を旅しているの?(冒頭の質問)

     この世界が綺麗だからさ(ラストシーンの答え)

 ⅱ)ある現象・行為への意味の付加―行為・現象の再現

 ある現象・行為にはある意味が隠されている、と登場人物が語り、その現象・行為が実際に現れる。

 『アヒルと鴨のコインロッカー』だと、

『「(とにかく面倒だから、神様を閉じ込めて、全部なかったことにしてもらえばいいって。そうすれば、ばれない)」』(70ページ)という免罪の方法を提案して、実際に物語の最後付近でそれを行っている。

 

ⅲ)行為・現象―行為・現象のリフレイン

物語の中で起こった行為・現象が物語の終盤で再現されることにより、面白みが増す。

『アヒルと鴨のコインロッカー』だと、

『聞いてるわたしにも、どうやらこの姉弟がレッサーパンダを盗む気らしい、ということはわかった。』(216ページ)『動物園を振り返って、「さっきの子供たち、うまくやり遂げるかな?」と。』(222ページ)というようなレッサーパンダを盗むという行為があった上で、『「あれ、レッサーパンダだ」』『「盗んだんだよ、あの子供たちは」』(339ページ)

ⅳ)思い込み―認知

 間違った方法を目的を得るための方法だと思い込み、それが間違いであったことに気づく。多くの場合、気づくまでに行ってきた行為が主人公に、行為の目的とは反対の結果を持って跳ね返ってくる。

物語の筋が悲劇的に終わっても、ⅰ、ⅱ、ⅲの伏線が幸福を含意していると悲劇性を和らげることが出来る。

2.2登場人物

2.2.1行為項モデル

 物語には六種類の登場人物がある。

 主体:物語の主人公。欠損を解決する。

 送り手:主人公に、欠損を解決する動機を与える者。

 援助者:主人公に、欠損を解決する能力を与える者。

 受け手:欠損の解決の享受者。

 敵対者:主人公の欠損解決行動を阻む者。

 目的:主人公が得ようとする目的。主人公が得ていない欠損。

 それぞれ、同一人物が複数の行為項を演じても良いし、ひとつの行為項に複数人が入っても良い。たとえば、送り手と援助者が同一人物であることは大いにありうる。また、それぞれが必ずしも人間である必要もない。

 欠損ごとに行為項モデルは立てられるので、ある場面では敵対者であった存在がある場面では援助者になることもありうる。

 物語に出てくる全ての欠損について、行為項モデルの六つの登場人物を生めることが出来れば、それ以上の登場人物は物語に必要ではない。

 

2.3シチュエーション

 物語の冒頭やクライマックスを盛り上げるためにシチュエーションは使われる。

 面白いシチュエーションとは、即ちギャップである。

 それは場所と行動のギャップであるかもしれないし、それまである登場人物のそれまでの行動とはかけ離れた行動かもしれない。いずれにしろ、「~であるにもかかわらず」という言葉で表される。

 たとえば、「日ごろ温和な性格であるにもかかわらず、暴れ狂う」とか「静粛でいなければならない図書館であるにもかかわらず、暴れ狂う」とか、「たかが100円のアンパンを食べてしまっただけのことであるにもかかわらず、暴れ狂う」とか。

2.4実際に物語を組む

 物語を組む順番として、『欠損-伏線とシチュエーション-細分化されていない欠損の話の筋-細分化されていない欠損の行為項モデル-細分化された欠損の話の筋-細分化された欠損の行為項モデル』といった順番で組んでいくのがスマートに行く。なぜならば、欠損がなければ物語は動き出さないし、伏線とシチュエーションは話の筋や行為項モデルあとから考えるとそれらに縛られて上手くいかないからである。

 また、どのような魅力的な登場人物・伏線・シチュエーションでも物語の自然な流れを妨げるなら切り捨てるべきである。

§3、小説技法

3.1場面法

 場面では、人物、場所、時間が描かれる。人物、場所、時間のうちのいずれかが変わったとき、場面が転換されたという。また、場面は一人称であれ三人称であれ場面に登場する一人の人物の視点を通して描かれることが多い。

 場面の特徴として、行為・現象の一回性が挙げられる。場面は、一度しか起こらない行為・現象を場面に登場する人物の感覚を通じて読者に体験させる。

 場面の始まり方として、人物・場所・時間を指し示して始まる場合、登場人物の行動から始まる場合とがある(台詞から始まる場合は、登場人物の行動から始まる場合の特殊例とみなす)が、そのいずれにせよイメージすることが出来るか否かが読解の容易さを決めるので、場面の開始からまもなく人物・場所・時間を明らかにしなければならない。

3.1.1場所・時間

 小説を読む上では情景をイメージしやすいほうが読解が容易であるといわれているので、色彩や位置関係を表す語を使って場所や時間を説明するべきである。

 場所・時間の説明は描写法的だといえるが、その場所・時間におかれたものを登場人物の行動の目的語にすると、スムーズに場面を始められる。

 また、場所・時間は登場人物の心境や状況・未来を暗示する。

3.1.2人物

 何かが起こるたびに、その場面に登場している人物全員の反応を描くべきである。また、その感情は、どのような身体的動作を持って表情として表されたかを描くべきである。なぜならばイメージしやすいほうが読解が容易であるからである。

3.2要約法

 要約法は、登場人物が何度も行った行動や何度も起こった現象を記述する。場面法とは違い、複数の時間や場所をまたがる事が出来る。そのため、時間や場所の離れた場面と場面をつなぐのに要約法は用いられる。

 要約法は場面と場面とをつなぐためにしか存在しない。

3.3描写法

 場面法が動画だとすれば、描写法は静止画である。

 描写法は、場面が行われている空間にあるものを描写する。場面が行われているなか描写がはさまれると、場面の時間を止めることが出来る。

3.4台詞と地の文

 台詞は音楽で言えばフォルテ、地の文は音楽で言えばピアノのような効果を持つ。多くの場合、台詞はカッコにくくられる為に強調されるが、台詞続きの中で地の文が出てくると大きな強調効果を持つことがある。たとえば強調すべき台詞をあえてカッコでくくらずに地の文で処理することで大きな強調効果を与えることができる。

 台詞と台詞の間の間をつなぐために、地の文をおきたくなることがしばしばある。こういったときのために、場面の情景を刻々と変化させるとか場面の登場人物に場面開始と同時に何か動作をさせる方法がある。

§4、書記言語

 書き手の中で起こった感動が読み手の中でも起こるためには、文が書き手の意図するとおりに伝わらなければならない。誤読を少なくする方法をここでは述べる。誤読を避けるために、修飾語と被修飾語、主語と述語は可能な限り近づける必要がある。

4.1主語の位置

4.1.1.ガーデンパス文

 「私は走る車に飛び乗る」のような文は、読者が「私は走る」と理解した後で、走っているものは車だと改めて理解する。このような事をなくするために、「走る車に私は飛び乗る」のように主語と述語を近づける必要がある。

4.1.2複文

 主語と述語の対が二個以上あり、どちらかがどちらかの文の成分になっているような文を複文という。

 「私はリンゴを片手で握りつぶす彼はとても握力が強いと思う」というような文は読解が難解である。これも、主語と述語を出来る限り近づけ、「リンゴを片手で握りつぶす彼はとても握力が強いと私は思う」とすると読解が容易になる。また、複文を単文(主語と述語の対が一つである文)に分解し、「彼はリンゴを片手で握りつぶす。彼は握力がとても強いと私は思う」というようにすると、誤読は少なくなる。

4.2修飾の範囲

日本語は上から下に修飾が行われるため、様々な不都合な事が起こる。

4.2.1修飾語と並立

「美しい獣と女」は、美しいのが獣だけなのか、獣と女の両方が美しいのかが判然としてない。美しいのが獣だけである場合は、「女と美しい獣」のように順序を入れ替えるか、「賢い女と美しい獣」のように両方に修飾語を与えてしまう方法がある。

 

4.2.2句・節の修飾

「地中海で育った少年からもらったトマト」は、トマトが地中海で育ったのか少年が地中海で育ったのかはっきりしない。トマトが地中海で育ったのであれば、「地中海で育った、少年からもらったトマト」のように読点を打つか、「少年からもらった地中海で育ったトマト」のように順序を入れ替えればよい。ただし後者の場合、地中海を少年からもらったように誤読される可能性が無くもない。

4.3誤読の少ない順序

ガーデンパス文や修飾の範囲の判然とない文を作らないために、長い修飾を伴う語を文の始めに持っていく方法がある。

「僕は地中海で育った、青白い肌をした細身の少年から貰ったトマトを食べた」よりは「青白い肌をした細身の少年から貰った、地中海で育ったトマトを僕は食べた」の方が誤読が少ないとされる。

4.4文体

4.4.1速さ

一文の中に含まれる用言(形容詞、形容動詞、動詞)と難読語の量、読者の視線の移動距離に依存して、文章の体感時間は定まるとされている。

たとえば①、「彼が作った美しいサッカーボールを僕は強い力で蹴飛ばす」よりは②、「彼が作った美しいサッカーボール。それを僕は強い力で蹴飛ばす」の法が一文に含まれる用言が少ないために体感速度が短いとされる。③、「ええい、お前は畢竟、俺が死ぬのが怖いだけだ」の『畢竟』が難読語だと見なす人にとっては④、「ええい、お前は結局、俺が死ぬのが怖いだけだ」の方が体感速度は短いかもしれない。また、⑤、「やわらかいネコ」よりは⑥、「柔かい猫」の方が体感時間が短いとされる。

4.5原稿の使い方

小説の場合、論説文とは違い改行は自由に行える。

 行を改めたときは一段下げる。

「しかしカギカッコで新たな行が始まるときはその限りではないというのが最近の主流である。また、主流では閉じカッコの前では句点は打たない」

 ――また、三点リーダー(…)とダッシュ(―)は二つで一つの扱いをする……。

§1、物語の作り方

1.1物語の最低条件

 物語は、主人公が目的に向かって進むことによって始まり、その結果(成功、失敗)で終わる。目的に向かって進むには、そうするだけの能力と動機が必要である。言い換えれば、目的と目的に向かって進むだけの能力と動機があれば物語を作ることができる。

 グレマスの行為項モデルでは、主人公と目的の他に四つの要素を物語に要求する。主人公と目的を合わせた六つの要素を列挙すると、主人公、送り手、援助者、敵対者、目的、受け手となる。送り手は主人公を目的に向かわせる動機を与える。主人公は目的を達成するために行動する。援助者は主人公に、目的を達成するための能力や機会を与える。敵対者は主人公の目的達成を阻む。受け手は、主人公が目的を達成することにより利益を得る。行為項を演じるのは必ずしも人物である必要はない。同一の存在が複数の行為項を演じても良いし、一つの行為項に複数の存在が当てはまっても良い。

1.2下位物語

 目的を達成するために達成するべき目的を下位目的と呼ぶ。

 下位目的も目的の一種であるので、下位目的を達成するための物語を作ることができる。それを下位物語と呼ぶことにする。

 下位物語の例として、目的達成に必要な能力を得るであるとか、目的達成を阻むものを退治するとかが挙げられる。下位物語のさらに下位の物語もあるし、さらにその下位の物語もありうる。無限に下位物語を連続させることできる。

1.3起伏

 物語に起伏をつけるために、主人公は目的を達成できないような危機に見舞われなければならない。危機は、約束を破る、悪行の報い、認知といった伏線によって引き起こされる。そして、約束を守る、善行の報い、認知などといった伏線によって危機を退ける力を得て、危機を乗り越えることができる。

 また、読者の予想から差異のある状況を描くことで、読者の気をひきつけることができる。複線を置くために存在する場面を退屈なものにさせないために、差異のある状況を描く場合が多い。

 また、生死・恋愛が絡むシチュエーションは読者を興奮させる。

1.4伏線

 主人公の状況の変化は物語に起伏を与えが、それがそれまで物語の外部にあった要因によって起こると読み手は理不尽さを感じる。伏線の一つの役割は、大きな状況の変化を物語の内部要因によって行わせ、読者に理不尽さを感じさせないことである。もう一つの役割は物語の終わりで回収されることにより解決感を与えることであり、それにより読後感よく物語を終わらせることができる。

・ルフラン型の伏線

読者に一種知的な発見をさせ、はっと驚かせる効果がある。

ⅰ)約束―報い

 順境から逆境、または逆境から順境と言ったような状況の大きな変化に用いられる。

報いが起こる以前に行われた約束を守っていた(破っていた)ことが原因となって、主人公の立場が大きく変わってしまう。

ⅱ)質問―答え

 物語序盤・中盤に主人公に対してされた質問に対して、物語終盤で主人公が答える。主人公の成長や変化を表すのに効果的。

ⅲ)意味づけ―再現

 ある現象・行為に対して意味づけをし、それが物語終盤で再現されることによって効果を生む。通常、目的の達成を暗示するような意味づけをし、目的が達成されなかったあとでその行為・現象が再現され、物語の悲劇性を緩和する目的で用いられる。

ⅳ)行為―行為

 物語序盤で現れた行為・現象が物語終盤で現れることにより、はっと驚かせる。

 ルフラン型の伏線は、会話や下位物語の中に置く。もしくは、伏線を置くために会話や下位物語を作ると良い。

・認知―逆転型の伏線

 目的達成を阻むものが、あるものだと仮定して行動していたが、その仮定が正しくなかったことに気づくタイプの伏線。多くの場合、気づく前の行動が気づいた後に本来の意味とは反対の意味を持って主人公に跳ね返ってくる。

 認知は、約束―報いの伏線によって引き起こすのが最も容易である。

 主人公の目的を阻むものは四種類ある。カッコの中の左側は存在場所、右側は存在原因を意味する。

 (自己,自己)例:主人公の性格の欠陥

 (自己,他者)例:主人公の抱えるトラウマ

 (他者,自己)例:主人公に対して恨みを持っている敵

 (他者,他者)例:絶対悪

 敵の仮定が4パターン、真実の敵が4パターンあるので、認知型の伏線には全てで16パターンあることになる。

1.5差異

 差異は『~にもかかわらず』の形で表される。

①、能力がないにもかかわらず、行為を行なう。

②、立場がふさわしくないにもかかわらず行為を行なう。

③、動機がないにもかかわらず行為を行なう。

④、以前はAであったにもかかわらず、今はBである。

⑤、読者の予想ではCはDするものであるのに、CがEをする。

 物語終盤であればそれまでの物語の流れからの距離(人物のそれまでの行動と今行っている行動の差異、等)を使えるが、物語冒頭ではそれを使えない。読者の日常生活の感覚からの距離を用いなければならない(例:バスケットボール選手からもらった、野球のバットのサイン)。

1.6物語を作る手順

①、主人公が向かう目的を定める。

②、主人公が見舞われる危機を定める。または、どのような差異がある状況に立たされるかを決める。

③、危機・差異が何故起こるのかを決める。(伏線の回収の仕方を決める)

④、危機がどのように回避されるのかを決める。(伏線の回収の仕方を決める)

⑤、伏線が置かれる場所を決める。(下位物語を作る)

⑥、必要ならば、下位物語にも①~⑤を施す。

⑦、物語(下位物語も含む)の適所に、差異による面白みを与える。

⑧、整合性を与える。

§2、物語の語り方

2.1場面と要約

 場面は、情景と登場人物をその中に含む。誤読を防ぐためには、場面の開始の早い段階でそれを提示させなければならない。また、場面は三人称で語られるものであってもその場面の登場人物一人の感覚を通して語られたほうが読解が容易である。また、場所・時間は登場人物の心境や状況・未来を暗示する。

 要約は、時間や場所の離れた場面同士をつなぐために存在する。

2.2台詞と地の文

 台詞はカッコでくくられるため、必然的に強調される。また、地の文はカッコでくくられないため、必然的に目立たなくなる。便宜的に、台詞を記号Fで、地の文を記号Pで表すことにする。これは、音楽で強調されるフォルテと目立たなくなるピアノを意識してのことある。

 例えばPPPFPというように、台詞が地の文に埋まっている場合、台詞は大きく強調される。こういった効果をねらうため、地の文を適当な場所におきたくなる。

 そのために、

 ①、人物に演技をさせる(生活、行動・現象に対する反応)

 ②、周囲の変化(モブの行動、情景の変化)

 ③、台詞を地の文に入れる(食べたい、と宏は言った。)

 といった方法がある。

 特に③は、FFFPFのPとして用いれば、Fからの落差のために強調される。重要な台詞を強調するための手段として使える。

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物心ついたときからうちの親もそんなんだった(96)

http://anond.hatelabo.jp/20090628172950

物心ついたときからうちの親もそんなんだった。というかうちの親も神経過敏な方というか、物事の好き嫌いが異常にはっきりしているために、「こんなのの何が面白いのか」と因縁をつけてくるくらいだった。自分も物事の好き嫌いはかなりはっきりしている方なので、よいと思って見ていたり大事にしているものをまるで汚物のように扱われ、それに憤ることはしばしばだった。私と母のセンスは全くかみ合わなかった。

しかし母はそれを受容するわけではなく、娘が異物であることを嫌悪し、自分と同じになれと強要し、少しでも違うことを言えば「なぜ」と詰問し続け、答えられなくなれば殴る蹴るを繰り返し、最終的には外に放り出すということを日常的に行っていた。そのうちなぜと問われるだけでめまいや吐き気を催すようになると、ヒステリーだだましてこの場を逃れようとしているに違いないとまた長く詰問し暴力を加える。そういう日々の中にいて、それでも私は感情は失わなかった。ただ外見をまるで感情がないようにデコレーションすることに長けていった。

私の感情はみえないという。あわてた時もうれしい時もほとんどそれがわからないという。特に緊張しているときは、実に落ち着き払っているように見られる。ごく親しい友人や恋人にだけ、私の喜怒哀楽は非常に突き抜けた形で発露される。しかし、大人になった今でも、母をはじめそれほど親しくない相手にはほとんど感情を出さない。

出せないのだ。

にこにこと笑って、どんなに自分にとって嫌な価値観であっても、さも同じことを考えているかのようにふるまうことができる。そのくせはらわたの中は煮えくり返って、その場が過ぎ去るや否や激しい怒りにさいなまれる。怒りにまけてぐったりと寝込んでしまうこともあるし、家の中で泣きわめくこともある。ただ、ごく親しい人にもその感情をまき散らすことはない。できないのだ。

できないのが、恐怖なのかあきらめなのか、私にはわからないが、口に出そうとしても出せない。強い感情は腹の中でひどく重いおもりをつけられているようにまるで浮かんでくることがない。無理やり吐き出そうとしても涙があふれ出てきて止まらなくなるだけで、言葉にはならないのだ。感情は自覚しているのに、それを言葉にすることができない。頭の中では言葉になっているのに、口に出すことができない。

増田、あなたも私も感情を殺すことができなかった。殺すことができなかったから、今もなお苦しい思いをして過去を引きずっている。私たちはそれだけの強い感情をもっていて、だから過酷な状況にいても感情を殺せずに耐え続けなければならなかった。増田に言えることは、逃げてもいいということだけだ。どこかに誰かはもしかすると、その感情をぴったり自分のものであるかのように判ってくれる人はいるかもしれないが、しかしそれはおそらく幻想だろう。

増田があのエントリを書いたことで幾人かはそれに賛同した。批判をする人もいた。でも大事なのは、賛同する人がいたということだ。たしかにそれは的が外れていたかもしれない。私のこのエントリでさえ、増田の気持ちと同じではないだろう。でも、同じように思う人がいて、感情を殺せない人がいて、そういう人を見かけた時、あなたは「私もそうなんです」と伝えることができるはずだ。「同じことを思った」とそれを言うことすらはじめは怖いだろうが、しかし自分はどう思うかを言葉にするよりはずっとたやすいし、それを伝える相手はおそらくあなたと真逆の価値観を持っていることはないだろう。

だから、そういうひとに会うために、あなたは逃げなさい。親から逃げなさい。逃げてはいけない、なんてことはこの世の中に全くないのだから。何をどう頑張ってもあわない人と闘っても消耗するだけで、何も得るものなどない。居場所はイエの中だけではないし、所与のものとして与えられるものでもないのだ。あなたは外に出て、そして自分と同じような思いを持つ人と一緒にいきればいい。自分の人生を生きればいい。そうすることに何の罪悪感を抱くこともない。あなたを傷つけ苦しめた人たちは、人をそれだけ追い詰めるほどの強靭な精神を持っているのだから、そう簡単には死なないし、弱ったりもしない。あなた一人がいなくなったところで大したことではない。また新たな標的を見つけるだけだ。逃げるときは注意深く、悟られないように、それだけを気をつけて。

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誰とでも恋愛できる技術はある、けど使えない。(2)

誰とでも恋愛できる技術はある、けど使えない。

いろんな女の子と結構つきあったりしてみて、分かったことがある。

俺はもう、誰とでも恋愛できて、かつ絶対に振られないと。

厳密に言えば、「そういう技術」を発見したわけだ。

誰とでもといったけど、それはあくまで俺が好きになったり抱きたいと思ったターゲット限定だ。

「ならあそこのあの女の子とつきあってよ」と言われても、俺に「あの女の子」が魅力的に映らなければ、そういうことをする気力(精力を含めての)も起きないし、何より罪悪感がちらついてしまうから、できない。けど、好きになった!つきあいたい!と思った女の子なら、絶対的に落とす自信が、ある。

そして冒頭で「絶対に振られない」とも書いたが、つき合った当初は「好き度」がたとえ俺>彼女だったとしても、つき合ううちに、俺<彼女に逆転させるということも、できる。

けど、もうこれ、たぶん一生使えないんだな。

というのも、今の彼女が絶対的に俺を振らない自信があるから。そして何よりも、俺自身が彼女のこと大好きなんだな。

大好きだから、その子を差し置いてまた別の女の子とつき合う意味がない。

数年前の童貞少年だった俺に聞かせたいよ。

今俺は、「誰とでもつきあえる技術を使いたい俺」と「彼女大好きな俺」に、分裂している。

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損した気分になるのを「フバい」って言うのきもちわるいんだけど(0)

損した気分になるのを「フバい」って言うのきもちわるいんだけど

損した気分になるのとか昔からあった話なのに、最近それをフバいとか変な形容詞化してしまってものすごく気持ち悪い。別に新しい形容詞ができるのは良いのだけれど、個人名を入れると損した気分になるだけなのに、その人の様子を真似ているみたいな感じになって嫌な感じ。しかもそんなはやし立てるものでもないだろうに。

一番嫌なのは、こいつらの文句をtwitterで言いづらいこと。なんかfavotterとかいうのがあって、そこに取り上げられる連中が「フバい!フバい!ヘイヘイ!」みたいな感じでアホみたく盛り上がっているので、言いづらい。favotterっていうのは閉鎖的で流動的なtwitterのポストを水上に晒し上げるような場所であり、結局はここがtwitterとtwitter外の窓口になっている面もあるので、favotterでとりあげられる連中(オフ会とかに顔をだしたりすることで、よくfavoってくれる人を従えている連中)と喧嘩しづらい。

とにかく周りが騒いでるだけならまだしも、自分で「フバくなる技術は〜」とか言い出さない方が良いと思うんだよね。

公認会計士(9)

公認会計士

公認会計士の資格制度が変わってサラリーマンにも受けやすいようになっているようだけど実際に受かった人っている?

資格学校がしきりに会計士講座を勧めてきます。

サラリーマンで働きながら会計士試験にうかるって奇跡ですよね。

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老いぼれがキライだ(3)

老いぼれがキライだ

賢い年寄りが言うことは結構正しい。往々にして正しい。

世の中そんなもんだよ、と正しいことを言う年寄りが嫌いだ。

昔は大変だったとか言う年寄りが嫌いだ。昔は良かったとか言う年寄りが嫌いだ。

世界のこととか、人生のこととか、

俺だって薄々わかってるけど、でも諦めきれないでいることを、悟った風に語る年寄りが嫌いだ。

疲れて諦めただけのくせに、諦めない若造に向かって上から偉そうな口を利く老いぼれが嫌いだ。

我々は知恵を求める。意志には介入無用。生暖かく応援宜しく。

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2009.06.29

女だけど(9)

http://anond.hatelabo.jp/20090629002724

女だけど。8割って本当かな?

正直、初対面の人(男性だろうが女性だろうが)に年収聞くとか

人としてどうなのと思ってしまう。

それが婚活ってやつで、それがオミパってやつなんだろうか。

きもちわるいなあ。

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あれ、もしかして。私も写真集捨てなきゃだめ?(15)

あれ、もしかして。私も写真集捨てなきゃだめ?

自分は女で、きわどい写真集や美少女コミック、同人誌を所有している。

主に作画の資料用。もちろん手垢や汚れがついている。開き癖もある。

あと趣味でエロゲも何点か。純愛系中心だがBADルートで陵辱シーンがある。

家族と同居していて、同居家族の男は父一人。

私が趣味で集めているものは、一般的には年頃の娘がもたないようなもの。

かつ一般的な良識に照らすと、父の所有物と推定される可能性があることに気づいた。

それは困る。

娘はこんなだが、父は世間的にも立派な人間だ。

しかもこの手の犯罪で逮捕されたら仕事がなくなる系の職をしている。

痴漢冤罪が怖いので、電車に乗るのも苦労している。

普段の生活も、清廉潔白でよき人であろう、というタイプの人。

お姉ちゃんのいる飲み屋はいくけど。まあそんなもん。

私の持ってるあれやこれやをもって、やろうと思えば

「こんなものを女が持つはずがない、お前が娘の部屋に隠したんだろう」程度は言えてしまうかもしれない。

そんな難しいことを考えなくても、家宅捜索されたらやばい範囲にはおいてある。

仕事上、何かの弾みで家宅捜索とかになったら、ちょっと…困る(ないとは言い切れない)。

別に水着の女をみて、私の性的好奇心は満たされない。

そして、私の知る限り、家族の誰も私の所有しているものに触っていない。

性的好奇心を満たす目的には使われていない。汚れてるし、手垢もついてるけど。

でもなあ、女ばかりの家の中に水着写真集があったとして、

「私のなんです!お父さんは関係ありません!!」と娘が出てきて、どの程度信用されるんだろう。

場合によっては、父は「娘にそんなことを言わした人」になってしまう。

やっぱり捨てたほうが無難かな。

ていうか、私が自分で書いたロリっぽい二次元も、自ポ成立したらアウトになるのか。

意味がわからん。

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ネタという事にして悪意を隠して攻撃をする(12)

http://anond.hatelabo.jp/20090628155218

ネタという事にして悪意を隠して攻撃をする。

それをされる人間が迷惑。

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特定の人たちに興味が持てないんじゃなくて(51)

http://anond.hatelabo.jp/20090629015204

特定の人たちに興味が持てないんじゃなくて、人間全般が怖いんだ。

世の中もちろん面白い人に出会う事も多いし、感じの良い人に出会う事もある。

でもそういう人たちに対しても仲良くなるのが怖い。

あれだ、「好きな人だけど告白できない」っていう、あれ。あれが人間全般に当てはまるかんじ。

単に傷つくのが怖いっていうことなのかもしれないけどね。でも、2時間くらい話が出来る人に対しても、常に緊張感を保ち続けてるのは何なんだろ。そこは傷つくのが怖いっていうわけじゃないんだと思うんだけどもね。

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