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2012.01.31

ageha的(2)

ageha的

若い人の指名が多い人も居たけど

私、おじさんに人気があった。

やっぱり、普通にお金持ってるじゃない。

同伴だったりアフターだったりは

誘われれば頑張るし、

優しくするよ。

男性ってやっぱり優しくされたら嬉しいじゃない

でも、頑張ってる自分が怖くなるの。

頑張って仕事する自分は怖いの??

うん。だってね頑張るって営業すると

1日3桁の売り上げくらい、簡単に出来ちゃうわけ。

おまけに店外ではおいしいものたべさせてもらって

プレゼントまで買ってもらえる。

なんかもう、罪悪感でいっぱい、って感じ。

奥さんとか子どもに注いで上げればいいのにって。

でも、男ってそういう風にどうしようもないバランスのところで

バランスをとりながらじゃないと守るべきものを

守れない種族なんだよね。

でもさーどうしてもダメだった。

お金を運ぶ人だけとはどうしても見れなかった。

商売人になりきれなかったんだね。

そう。作戦で「そんなに高いの入れてもらわなくてもいいです」って言う子は

いるけど私は本当にやめてほしいと思った。

そういうことが重なると自分がなくなっていく。

アフターで寝たとしても

罪悪感だったりよく分からない不安だったりで

寝たのにお金いりません、その代わりまたお店来てくださいって言う余計なサービスしちゃったり。

うーん、売り上げの増やすために働いているはずなのに

どんどん自分が減っていくんだ。

そうなの。あと同伴とかアフターで色々買ってもらったりお小遣いもらったりすると

嬉しさってまったく無いの。

自分が怖くなるから予定外の臨時収入を得たときは

タクシー無駄につかったり服買ったり友達呼んでパーッとしたり。

あとは、男友達と3Pしたりして

なんか、自分が壊れそうなのをさらに壊そうとしてた。

じゃあ、羽振りが良かったり散財するのは

何も標準の生活レベルで暮らせないわけでも見せ付けて賞賛されたいからでも

はなくて罪悪感を消すために罪悪感の元になるお金を捨てるように遣ってるんだ。

そうそう。なんか通帳に一緒混ぜちゃ行けないお金のような気がして

そういう心の持ち主でよく3年もNO5前後キープできたね

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俺の妻は料理が出来ない(30)

俺の妻は料理が出来ない

俺の妻は引きこもり主婦

子供はいない

パートに出て貰えればいいのだが、働く気ゼロ

朝起きたらすぐにパソコンにかじりついている

インターネット中毒だ

妻は料理はしない

料理してもらったことがあるけれど、食えたものじゃなかった

味オンチっているんだな

これは訓練とかいう問題じゃない

感性の問題、いや、DNAの問題だと思う

せっかくの食材を大切にする気がない

カレーを作れば水を入れすぎてカレースープ

記載されている作り方のとおり作ってもらえればいいのに、そのマニュアルを読まない

生ラーメンもゆですぎてトロトロラーメン まずっ

タイマーかけろといってもかけない

出来ることはお湯を温めるだけ 本当に

俺がいないときはインスタントカップ麺ばっかり

あとツナ缶

お米を炊いてあれば、漬物だけで済ます

ガスを使う料理が出来ない

卵焼きも出来ないときた 焦がす焦がす

さすがに疲れて料理を頼むと

あまりにもまずさに残してしまう

あなたが味をみないからいけない

あなたが手伝わないからいけない

あなたが料理しないからいけない

なぜなんだろう

なぜこうも責められなければいけないのか

一応、旧帝大学院を出るほど優秀なはずなんだが、料理に関しては一切ダメ

出会ったときから俺が料理専門

結婚してからも毎日、朝はパンだが、夕食は帰宅してから料理していた

結婚してから妻は主婦オンリー 読書とインターネットしかしない

妻は一緒に遊ぶ友達はいない

外に出ていろんな人と交流してくれればいいのだが、話す相手は俺だけ

さすがに疲れた

障害を持った妻だと思って、介護のつもりで今後もやるしかないのか

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せめて転載であることを明記すべきじゃないのか。(5)

せめて転載であることを明記すべきじゃないのか。

昨年、俺が書いて1200ブクマくらい集めた増田エントリがアフィリエイトサイトに転載されていた。

もちろん、コレ自体はいいんだけど。これまで書いた他の文章もほとんど全部どっかのまとめサイトに転載されてたし。

ところが、今回のサイトどこを探しても転載元を示すリンクも、そもそも転載である旨の表記もない。

親切なはてなーの皆様がブコメやらツイートやらで「無断転載だ」と指摘してくれてはいるけれど。

で、まぁ俺も別に嫌儲な人ってわけじゃないので。個人がまとめブログを作って

ついでにアフィ張ってお小遣い稼ぎするくらいは別にいいと思うんだけどね。

でもさー、life hack japanさん。あなた、サイト5つくらい持ってるよね?

http://lifehack-japan.biz/さんよぉ。これは、まとめサイトを作るのが主目的ってわけじゃねーよな。

カンッペキに営利目的だよなぁ。ニュー速が死んだんで新しいエサ場探してるんですかね?

なーんかイラっとくるなこれ。ちょーっとイラっと来るなこれ。

俺は匿名で書いた以上、別段その文章がどういう風に利用されてもそれほど文句はないんだけどさ。

それでも、自分の書いた文章が自分の預かり知らぬところで公開されてると、何らかの批判が来たときに

俺がそれに応答できないのがまず困る。そして、俺はエントリについたブコメやツイートをニヤニヤ眺めるのが大好きなんだ。

ところが、転載されてることに気づけないとそれも出来ない。今回はたまたま気づいたから良かったけどね。

またホッテントリ入りしてたこと自体は嬉しかったんだけどさ。

本ブログやらIDやら晒して暴れてもいいんだけど、それやると俺はここに匿名でアホな記事を書き込むのが

すごくやりにくくなるし、何よりニュー速みたいなアフィ騒動が起きて欲しくもない。俺の本業にも障りが出そうだし。

結局、ネームクレジットをつけたくないから増田で書いてるわけで。

とはいえ、匿名のまま「俺の記事でアフィるな、せめて転載である旨明記しろ」とか叫んでもあんまり意味はないよな。

そういうわけで、転載するならするで最低限のスジ通して欲しいもんだ。

そうすれば、お互い気持ちよく過ごせるし面倒もない。そうは思わないかな。

というか、そろそろネット上の匿名テキストに関する著作権のガイドラインが出来てもいい頃だと思うわ。

転載であることを明記したとしても、ここまで明らかに営利サイトなのが見え見えだと結構イラっとする。

2chの書き捨てならともかく、それなりに手間かけて書いたテキストだからなぁ。

アフィは滅べとまでは言わないが、2chと違って増田はログ消えないわけだしなぁ。

どーなのよこれ結局。

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筋肉が脂肪に変わるとか、脂肪が筋肉に変わるとか、ないから。(2)

筋肉が脂肪に変わるとか、脂肪が筋肉に変わるとか、ないから。

大切な事なのでもう一度言います。

筋肉が脂肪に変わるとか、脂肪が筋肉に変わるとか、ないから。

そんな簡単に一旦分化した細胞が違う細胞になれたら、ES細胞もiPS細胞も誰も見向きしないって。

筋肉が増えるか減るか、脂肪が増えるか減るか。

筋肉をつけつつ脂肪を減らすというのは、基本難しい。

だってカロリー不足のときは鍛えたって筋肉つかんもん。

カロリー過多のときは、筋肉だけつけたくたって脂肪もつくわな。

脂肪をできるだけつけずに筋肉をつけ、筋肉を出来るだけ落とさずに脂肪を落とす。

肉体改造はそういう消極策こそ王道なのだ。

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ディズニーが訴えなくても、ミッキーの首を刎ねると逮捕される(4)

ディズニーが訴えなくても、ミッキーの首を刎ねると逮捕される

かもしれない。

この騒動、「ディズニーが訴えないなら問題ないな」的な空気で終息しそうな気配だが、そういう問題じゃないよというおはなし。

著作権と著作者人格権

まず、著作権とは別に存在する権利、「著作者人格権」というものがあります。

著作者人格権 – Wikipedia

著作者人格権(ちょさくしゃじんかくけん)とは、著作者がその著作物に対して有する人格的利益の保護を目的とする権利の総称である。著作物には、著作者の思想や感情が色濃く反映されているため、第三者による著作物の利用態様によっては著作者の人格的利益を侵害する恐れがある。そこで、著作者に対し、著作者の人格的利益を侵害する態様による著作物の利用を禁止する権利を認めたものである。

今回の問題では、日本においてミッキーの著作権の一部が既に切れている可能性を以て適法であるとする意見が散見されますが、実はこの著作者人格権に関しては、保護期限に関する規定が存在しません。

ベルヌ条約6条の2(2)が著作者の死後における著作者人格権の保護を要求していることから、著作者の死亡後も、著作者が存しているならば著作者人格権の侵害となるような行為を禁止するとともに(60条)、一定範囲の遺族による差止請求権や名誉回復措置請求権の行使が認められている(116条)。

つまり、ミッキーに関する著作者人格権は現在も法的に保護されているということになります。

同一性保持権と名誉声望保持権

著作者人格権として具体的に保護される権利として、この2つが挙げられます。

同一性保持権(どういつせいほじけん)とは、著作者人格権の一種であり、著作物及びその題号につき著作者(著作権者ではないことに注意)の意に反して変更、切除その他の改変を禁止することができる権利のことをいう(日本の著作権法20条1項前段。以下、特に断らない限り、引用法令は日本のもの)。

 

著作物が無断で改変される結果、著作者の意に沿わない表現が施されることによる精神的苦痛から救済するため、このような制度が設けられていると理解されている。もっとも、元の著作物の表現が残存しない程度にまで改変された場合は、もはや別個の著作物であり、同一性保持権の問題は生じない(「パロディ事件」(第1次)、最高裁判所判決昭和55年3月28日)。

著作物の改変を伴わない場合でも、その利用態様によっては表現が著作者の意図と異なる意図を持つものとして受け取られる可能性がある。そのため、著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は、著作者の著作者人格権を侵害する行為とみなされる(著作権法113条6項)。例として、美術品としての絵画を風俗店の看板に使用する行為などが該当するとされている。

要するに、著作物に対し、著作者が傷つくような変なイメージを付けたり改変したりしてはいけないよ、ということですね。

非親告罪と刑事罰

知財関連の権利、特に著作権に関する諸権利については、多くが親告罪であることが知られているかと思います。つまり、被害を受けた権利者が提訴しない限りは犯罪とならないし、賠償請求すらもできない。だから、ディズニーが提訴しないなら問題ないよね、という意見。これも散見されますね。

これは誤りです。

実は、著作者人格権の侵害については一部に刑事罰が定められており、しかも名誉声望権の侵害は非親告罪なのです。

(著作者が存しなくなつた後における人格的利益の保護)

第60条

 著作物を公衆に提供し、又は提示する者は、その著作物の著作者が存しなくなつた後においても、著作者が存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為をしてはならない。ただし、その行為の性質及び程度、社会的事情の変動その他によりその行為が当該著作者の意を害しないと認められる場合は、この限りでない。

第120条

 第60条又は第101条の3の規定に違反した者は、500万円以下の罰金に処する。

第123条

 第119条、第120条の2第3号及び第4号、第121条の2及び前条第1項の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。

つまり、『その行為の性質及び程度、社会的事情の変動その他によりその行為が当該著作者の意を害しないと認められ』ない場合、ディズニー社の意向に関わらずお縄になるリスクがあるということです。

実際に逮捕なんかされんの?

まぁ、実際にディズニーの意向を無視して逮捕されるかというとこれは怪しいですね。そういうケースを聞いたことがありませんし、実際のところ大丈夫なんじゃないですか。しかしだからと言って、これが合法でクリーンな行為だなんて事は決してない、というのは当然のおはなしですね。あえて非親告罪とされているというのはそういう意味です。

つまりどういうことなんだってばよ

著作者人格権は、著作者の死後、著作権保護期間が切れた後も保護されます。作者が死んで著作権が切れているからといって、作者の意に反してキャラクタを侮辱する自由は決して「当然認められる」ような権利ではありません。首を刎ねるという表現が『著作者の意を害しない』と言える理由を明確に説明しなければいけないでしょう。

アニメキャラクタのファックを描くことはもはや黙認されてしまい実際の権利行使もそう簡単にはいかない状況ですが、社会通念上「殺害」という表現が「ファック」以上にキワドイのはもちろんのこと、首を刎ねるというのは特に侮辱的表現であるとされる可能性が強く考えられます。

作者は「悪いことをしていない」と言える明確なロジックをもって、それができないなら「悪いことをしている」という自覚と覚悟を持って、同人活動をした方がいいですね。認識が甘すぎます。

おまけ:本当に詐欺だったの?

恐らくディズニーからの正式な抗議ではなかっただろうことは想像できます。

著作者死亡後の差止請求権は著作者の孫までの遺族にのみ認められており、ディズニー社にはその権利が存在しません。また、今回のような場合は出版権にも関係しません。

(差止請求権)

第112条

 著作者、著作権者、出版権者、実演家又は著作隣接権者は、その著作者人格権、著作権、出版権、実演家人格権又は著作隣接権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。

(著作者又は実演家の死後における人格的利益の保護のための措置)

第116条

 著作者又は実演家の死後においては、その遺族(死亡した著作者又は実演家の配偶者、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹をいう。以下この条において同じ。)は、当該著作者又は実演家について第60条又は第101条の3の規定に違反する行為をする者又はするおそれがある者に対し第112条の請求を、故意又は過失により著作者人格権又は実演家人格権を侵害する行為又は第60条若しくは第101条の3の規定に違反する行為をした者に対し前条の請求をすることができる。

故に、ディズニー社からの要求としては法的根拠がなく、不可解です。(繰り返しますが、罰金刑を受ける可能性はあるんですよ)

ディズニーから訴えられるとすれば、商標権についての争い=商業的活動に限られると思われ、無償での同人活動には法的に関与できないものと考えられます。

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ネトウヨの俺が「リベラルにとって理想な社会」について考えてみた(4)

ネトウヨの俺が「リベラルにとって理想な社会」について考えてみた

リベラルな人にとってどんな社会が理想なのかを勝手に妄想してみたんだが。

  • 国家・社会への帰属や忠誠を強要されない。
  • 出入国管理はできる限り自由にすべき。不法入国者でも無理やり追い返したりしない。
  • 働けない人には十分な給付を与えて、働かなくても食べていけるようにする。
  • 財源は高額所得者や大企業から高い税金を取ればいい。

大体こんな感じかなと思ったんだが、これって成立しなくないか?

出入国が自由で給付が充実してたら、外国から給付目当ての貧民が押し寄せるだろうし、

さらにそれを無理やり追い返せなかったら給付額がえらいことになるし、

国家や社会への帰属意識がない金持ちが高額な税金課された上に出入国の自由を与えられたら、

みんな税金の安い国に逃げるんじゃね?

俺の妄想だから藁人形叩きかもしれないけど、最終的には貧乏人しか残らない国になるんじゃないか?

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2012.01.30

6年つきまとわれて鬱陶しいと思っていた女の子と付き合ってみて(2)

6年つきまとわれて鬱陶しいと思っていた女の子と付き合ってみて

6年間つきまとわれて鬱陶しいと思っていた女の子と1年間付き合ってみて思ったことを書く。内容が内容なので2chと迷ったが2ch怖いしもっと怖そうなこっちに書く。

高校3年生の頃、コースも違うあの子と出会ったのは生徒会に入った時だった。小さな身長と独特のしゃべり方が印象に残ったのを覚えているが、当時は授業をサボって生徒会室に入り浸っていたためクラスの女の子よりもよく会って話していたなあ程度の思い出しかなく、卒業して大学に入ればお互いに忘れ去るものと思っていた。

しかし実際は大学へ入ってからも度々メールを寄越したりmixiで繋がっていたこともあって、遠く離れた場所に住んでいるのに気付けば年に2度ほどのペースで会っていた。その間になんとなく流され二人で遊びに行ったりついうっかり家にあげてしまったおかげで簡単に童貞を奪われたりした。流されてこういうことをしてしまった自分がすごく嫌だった。

自分はこの子を恋愛対象に見ることができなかった。童貞は奪われたが、セックスを経験しお酒が飲める年になっても心は完全に童貞だったし、恋愛に幻想をたくさん抱いていた。それなのに、セックスがしたくなったらあの子を家に呼ぶようになっていた。相当な屑だなと他人事のように思っていた。ただ、付き合うまでは一度もイクことができなかった。

セフレのような関係が1年ほど続いた。自分の屑さに嫌気がさして、俺なんかじゃなくてもっといい人を見つけて欲しい、と言った。その時初めて、あの子に彼氏がいることが分かった。それも付き合って3年になるのだという。なんとなく惰性で付き合っている、と言っていたことも深く印象に残っている。そのあと、その彼氏と結婚の話が出ていて悩んでいるという相談をされたのをぼんやりと覚えているが、その時はあまりのショックで何を話したか覚えていない。厨二の頭には「私と付き合うなら今のうちだ」というメッセージに聞こえたことだけは覚えている。

それから数ヶ月後に自分はあの子に告白した。好きだと言った。内心は「惰性で付き合ってるような男より、自分の方が幸せにできる」「人を幸せにできるなら、自分が犠牲になってもいいんじゃないか」というまさに厨二脳だった。何かを認めたくなかったのか、彼氏がいるのに他の男と寝るような女だ、と根に持っていたし、本人もにそう告げた。

あの子はすごく喜んでくれた。惰性で付き合ってる彼氏とすぐに別れ、自分のもとに来た。誇張でもなんでもなく、10分に一度くらいのペースで「幸せ」と言っていた。私のことが好きかと問われ、好きだと言った。

言葉にすると不思議なことに、なんだかそんな気がしてくる。就活で自分のアピールを盛りまくっていると、就活を終える頃には完璧超人にでもなったかのような気がしているあれだ。自分はなんだか気持ちよくなり好きだ、好きだと言った。時には愛してるとも言った。1ヶ月もすれば、自分は本当にあの子が好きになっていた。

のろけ話を書くのはもういいので、この1年間を簡単に書くと、半年経つ頃にはあの子はとっくに幸せと言わなくなっており、それから数ヶ月後にはあの子は会う度にため息をつくようになっていた。こちらから話し合いを持ちかけ、あの子からフられる形で別れた。フられる直前まで、自分はあの子が好きだった。

センス良いしおしゃれだし優しいしいい男だけど、ごめんなさい。本当に好きだったの。ごめんなさい。

あの子なりの優しさだったのかも知れないが、これ以上ない一撃だった。どうせなら後学のために気になる部分をボロクソに言って殴るくらいのことをして欲しかった。

自分はあの子が嫌いだった。自分の理解できないところで怒るし、普段は言いたい放題のくせに肝心なところでため込んで爆発するまで言わないところとか。なにより、人を悪く言うし、何が嫌いかを語るのが好きな、自分が一番嫌いな人種だった。これから付き合うかも知れない男の前で「惰性で付き合ってる」なんてよく言えるなと、付き合う前から別れることを考えるやつはいないとは思うが、もしそうなった時に傷つくのは目の前の男だぞ、と。

自分はあの子が本当に好きだった。変なところで怒っていたがなるほど確かにそういう考えもあるなと何度も思わせられたし、ため込んでいたものが爆発して怒鳴られた時には心から反省できたしもっと普段から頼れて相談できる男になりたいと思えた。嫌いなことについてズバズバと的確に叩くその口にすかっとしたし何度も感心させられた。

結婚に妥協が必要なのは、妥協してでも一緒にいたいから。

http://togetter.com/li/33383

というのを最近見て、思うところあって勢いで書いた。1年間しか恋愛を経験していない未だに頭が童貞のような人間が言ってもかっこわるいが、恋愛において妥協はポジティブなことだ。女の子の彼氏を褒めると、そんなことないって心理が働いて別れるのが早まる、みたいなことを聞いたことがあるが、そんなことないけど現在仕方なく付き合ってあげてる、というのは、大きさはどうあれ「妥協してでも一緒にいたい」なのではなかろうか。

恋人が不満でしかたがなく、現在なあなあで付き合っている、という人は、「妥協してもう少し一緒にいてあげてもいいかな」と少しでも思っているなら、バカみたいに好きだ、好きだと言ってみたらどうだろう。いつの間にか相手への不満が変化しているかもしれないし、少なくとも「何それ急にどうした?」って笑い話くらいにはなると思う。

そっか仕方ないね、と簡単に引き下がった自分が別れる前に本当に言いたかった言葉はこんな感じだ。どうだ気持ち悪いだろう。

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2012.01.28

最近ネットの話を純粋には楽しめなくなった(5)

最近ネットの話を純粋には楽しめなくなった

大きく分けて理由は二つ

①既出のネタに出会う可能性が増えたこと

②話の信憑性を第一に疑うようになったこと

①について。

自分はかれこれ10年以上ネットを使っている。

何年も前に流行ったネタが再度新たなものとして発表されるのを目にする機会が増えた。

スルーすればいいのだろうが、目について煩わしい。

②について。

「完全にネタです」「フィクションです」という話以外に対して、まずそれは本当に起こりうるだろうか?

という観点から見るようになった。

そして「ここがおかしい」「納得できない」と思うと、こいつはアクセス数か注目を浴びたいがために嘘をついているな、と勝手に心の中で敵対心を持つようになってしまった。

また、ネタやフィクションに対しても、「整合性が取れてない」「矛盾している」というような粗を探すようになってしまった。

①、②に両方当てはまる例がこれ

http://togetter.com/li/248482

電車のホームで萌えー!萌えー!と叫ぶ中年男性。 やばい奴だなぁ、だからオタク気持ち悪いって思われるんだよ。と、思っていたら階段からパパー!と言って駆け寄る小さな影。 全く自分の娘に向って萌だなんて、なんたる幼女好き!!自重してほしいものです

その発想は無かった!!! RT @AAA: @BBB @CCC いや、もえちゃんっていうなまえでしょww

これは2chのコピペで、「店内で『萌え』と叫ぶおっさんはこの世から消えればいいのにとか思ってたら、その人は娘の名前を呼んでただけでした」というコピペがある。

何度も見たコピペの改変版。←①

で、Twitterでつぶやいたってことは、そう言うシチュエーションに実際にあったということなんだろうけど、それは普通ありえない。

発音が人名の「萌え」は尻下がりで、オタクの「萌え」は尻上がりとあきらかに違うだろうに。←②

と、まあこんな具合にネットをしていてもあまり楽しくない。

自分にとって止めどきなのかもね。

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IT系人材ブローカー(2)

IT系人材ブローカー

まぁなんとなく書いてみようと思ったので書いてみる事に…

IT系人材ブローカーにされた事を書くだけ。

誹謗中傷はありません。

では、はじまり。

俺はエンジニアでATNDとかでイベントに参加するのが大好きなんだ。

そこで、起きた事実を書いていくよ。

身元がばれるのが嫌なので、個人や企業の名前は伏せて書く。

俺は某上場企業につとめるエンジニアで

今年3年目で転職とか考えるつもりはなく

技術とかが好きで勉強会に参加していた。

そこで見つけたのが、ソーシャルゲームに関係するイベント

当時、ソーシャルゲームの大量のアクセスをさばく技術に興味があり参加

参加者数は100名ぐらいの大規模イベントだった。

内容としては、有名企業のエンジニアやプロデューサーが

壇上にあがって話すというよくある感じの勉強会

で、内容もまぁそこそこ良くて満足して懇親会に

ここで出逢ったのが開催の主催者さん。

ま、普通に話して名刺交換をしてその日は帰ったんだけど

これからが惨かった。

翌日、名刺とTwitter,FacebookにDMがとどいた。

内容は、イベント参加のお礼

おー、ちゃんとしたイベントなんだなーと思って感激していましたw

でコチラもお礼を返した。

今、思うとここで彼ら餌に引っかかっていたのかもしれない。

それからも何回かメッセージのやり取りがあって

相手側からお食事に誘われた。

そこで、主催の招待を明かされるわけ

いわれたのが転職しません?というもの

こちらは「はっ?」って感じで

いやいや無いですよw

見たいな感じで返したんだけど凄い押しが強い。

○○さんなら今の年俸は安い。+200万は行けますよ!

とか、金をめっちゃ提示してくる。

俺は、ぶっちゃけ金とかより

やりがいで仕事を選んでるのでもーうざくて仕方が無い。

でも、切れるのもなんなので我慢して早々に切り上げる事に。

其の後は向こうからメッセージがあっても

無視するようにしていたんだけど

だんだんとエスカレートしてきた。

それがメールやTwitter, Facebookで

「○○企業が○○さんのことに興味もってます!」

みたいなのを送ってくるようになった。

えー!!!!???みたいな感じですよw

なにかってに俺が転職希望者になってんの?

みたいな感じで。

で、さすがに切れてメールでもうしてくんな?

と話したんだけど、

それからも何通か同じようなメールがくるように….

俺が完全に餌として使われる状態になっているようだった。

で、一番びっくりしたのが

俺が初めてあった会社のひとに○○さん

転職考えてるんですよね?と言われた事。

勝手に話が広がって俺が転職したくて活動しているみたいなことに…

みなさん気をつけてください。

イベントだと思って油断して参加して名刺交換しようものなら

勝手に転職希望者にされていらぬ噂を立てられる可能性があります。

イベントに参加する時は主催者の名前をまずチェックをして

純粋に技術を広めたいと考えているイベントかを判断しましょう…

転職を考えていない人は人材ブローカー主催のイベントは辞めた方がいいかもですね…

俺みたいな犠牲者が広がりませんように…

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文系だけど、インターネットの事を自分で学ぶって事も出来ると思う。(2)

文系だけど、インターネットの事を自分で学ぶって事も出来ると思う。

さてこんな文章を見たのです。

[文系が、インターネットの仕組みについて教えてもらった記録 - のんたんのインターネット日記]

酷い。

てへぺろじゃねーよ。

・・・と僕は思うのですが、ああ、もう釣りだと信じたいです。

ブコメみたら、あぁ皆さん優しいなぁ〜って。

「知ってる人からみたら当たり前、でも知らない人からしてみたら凄い事なんだぞ★」みたいなのは基本的に戯言だと思っていて、

なぜなら彼女は「知っておくべき立場」ですよね。「インターネットの会社」の中の人なのだから。

あの、申し訳ないのですが、はっきり申しまして「この人が営業に来たら嫌だな」。まずはこの一言に尽きる。

だって、知識がないんでしょう?

普通の人が「頑張って勉強してます」を実直に語るのは素敵な事だと思うのだが、

「インターネットの会社の中の人」なのだ。外から見たら変わらない。シス担だろうとマーケディレクターだろうと、「インターネットの専門知識を持つ人」なのだ。

少なくとも、彼女は企業名をヒモ付したアカウントで、当該の日記を書いている。

そんな訳で、ちょっと話が変わってくるのだ。

まぁ、確かに?企画/アプリレイヤーならインフラ周りとか一切分からなくても良いでしょうよ。

まして営業となると、余計そうでしょうけど。

うん、確かにそうだ。

だがしかし

インターネットの会社なんだから、インターネットの仕組みくらい知っておかないとね!!!!

って事で用意してくださった研修、これの意味を軽く考えていないか。

会社としては、趣味なんかではなく「必要だから」企画したはず。

なのだが、一体いつまでの期間で行われていたかは知らないけれど、

彼女は9月の時点で「えーれこーど」の事が分かってなかったらしい。

いや、この文章が、それをありし過去の事として、段違いに成長した今の自分の目線で語ろうという試みならば痛快だった。

だがどうやら違うのだ。

理解がね、とても遅いのです…

終盤に綴られたこの一言は、当人の自覚以上に余りに色々を語っていると思う。

たぶん、自分で勉強した経験がないんだろーなぁ。とすら思う。

体系的に書かれているサイトがすごく少ない

そうかもね。

でもさ、本屋で少し立ち読みとかしてみた?一流のテクニカルライターとプロの編集者が高い意識でまとめた作品が、たくさんあるよ。

家にいながら指を10本だけ使う作業によってカバー出来る範囲だけが「勉強」だとは、とても思えないです。

自分が理解できる文献が少ないからって逆ギレしてます。

ともすれば、「インターネットに書かれてないことは分かりません!」って無意識に思い込んでるよね。「逆切れ」、ってそういう事だろ。

逆切れは、ダメだよ。自己責任の丸なげでしかないから。

惜しいなあ、その悔しさをバネにした素晴らしいエピソードも載せて欲しかったな。

ネームサーバーを教えてもらってからすでに3ヶ月経っているのにこの覚えの悪さ。

大変だ。(笑)

仕事の内容も、3ヶ月スパンで覚えて云ってるのかな?

というか、「理解」するまでを「学び」というのでは。理解してない、ならそれを恐らく「学び」とは言わない。

いやはや、恥ずかしくないのか。

周りと比べたら、多分遅れてるよね。同じ選考を通過して、給料で働かせて貰って。

鑑みるに、「勉強したら、分かるんだね」という経験を今までしたことが無いのかも知れない、

「知識は人に教えてもらうもの」と、そう思い込んでませんか。

そう、恐らくは学習態度の問題なのだ。

第一、タイトルからして「文系」などとう言い訳がましい冠を自ら被っている。

職種は、業種は。「文系」

業務領域に対する意識の低さを見事に露呈してるようで、それがとても鼻に付く。

この文章がムカつくところは、そこだろう。

たぶん社内SNSで日報として学びをUPするのはとてもいいコミュニケーションであり、等身大の自分を伝えたほうが上司にとっても有難いだろう。

なぜ、はてブロに書かなければならなかったのか。

「ソーシャルメディア」に載せるというのは360度どこから刺されてもおかしくないリスクがある訳だが、

そこで「専門領域」に関して「素人」となる事に関して、何も気持ち悪さを感じなかったのだろうか。

お前は、はたから見たら「プロ」だ。

15回ほど色んな方に説明をしていただいていました

そのうち、10〜13回くらいはうんざりされたんじゃないかな。どうだろう。

ほかにもインターネット関連でわからないことは沢山あります。

例えばプログラムの概念とかね…!

嗚呼!勉強してないからだよ勉強してないからだよ勉強してないからだよ!

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「池上彰の20世紀を見にいく」(39)

「池上彰の20世紀を見にいく」

報道の自由度 日本、22位に後退

http://sankei.jp.msn.com/world/news/120126/erp12012600250002-n1.htm

http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20120126/1327589196

話は逸れますが、ちょっと気になったこと。

どこに質問したらいいのか分からなかったので…。うーん、こういうのはid:Apemanid:Gl17id:D_Amonid:hokke-ookami とかに訊けばいいんでしょうかね?

「池上彰の20世紀を見にゆく」という番組を見ています。bsジャパンで毎朝くりかえし再放送されているやつです。

しかし、なぜか南京事件の回は、再放送がありませんでした。

そのあと、再放送がもう一周しても、やっぱりその回は見当たりません。ネットで調べても、事情は分かりませんでした。

歴史修正主義者からの抗議があったとか、テレビ局・池上彰がその圧力に屈して”自粛”という形の配慮をせざるを得なかったとか、そういった不穏な経緯でもあったんでしょうか?

もしかしたら、単に「間違った内容が含まれていたのでお蔵入り」っていう可能性も考えられますが、この番組は植民地主義やファシズムをはじめ、日本の軍国主義・侵略戦争にはちゃんと批判的な立場を通していました。(素人の自分が見るかぎりでは)

それぐらい当然と言えば当然のことなのですが、 ある種の人たちからは、これすらもきっと”自虐史観”と罵られそうな内容だと思うし、再放送しない理由としては、案外そっちの方があり得るかもしれません。

南京事件だけじゃなく、従軍慰安婦や沖縄集団自決のことでもずっと揉めていましたが、とりわけ歴史認識については、国会議員の政治家でさえもおかしな方向で噴き上がるヤツがいるし、報道機関はそういった反発が来るのを恐れて萎縮しているんじゃないかと危惧してます。

「池上彰の20世紀を見にいく」

第29回 南京事件〜惨状を伝えた映像〜

http://www.bs-j.co.jp/ikegami/story/story31.html

参考?(ネット上にはこのブログしか情報が見つからず…)

http://takatanaoki.com/?p=1157

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村上春樹の猛々しい想像力 (3/3)(2)

村上春樹の猛々しい想像力 (3/3)

Sam Anderson

2011年10月21日

12 – 3

翻訳は、村上の作品を組み立てる原理だとさえ言えるかもしれない。

彼の作品は翻訳されているだけでなく、翻訳についてのものだと考えられるのである。

村上的ストーリーにおける至上の愉しみは、とても普通の状況(エレベータに乗っている、スパゲッティを茹でている、シャツをアイロンがけしている、など)が

突然非日常(不思議な電話を受ける、魔法の井戸に落ちる、羊男と会話する、など)へ変貌するのを見ることだ。

言い換えるならそれは、登場人物が存在論的に盤石な立場から完全な異世界へと投げ込まれ、

たどたどしくも二つの世界の間をとりもつことを余儀なくされる瞬間だ。

村上作品の登場人物はある意味でいつも、根底から異なるいくつかの世界のあいだで翻訳をしている。

平凡と奇妙、自然と超自然、田舎と都会、男と女、地上と地下。

言い換えれば、彼の仕事は翻訳の作業を劇にしたものなのだ。

村上の車の後部座席に戻ろう。

私たちは東京を離れ、ベッドタウンに入った。

多くの企業の本社や、巨大な船のかたちをしたラブホテルを通り越していく。

およそ1時間後、風景は急峻な山道になり、私たちは村上の家に到着した。

木の生い茂る丘の上、山と海の間にある、こぎれいだが平凡な外観の二階建てだ。

靴をスリッパに履き替え、村上に連れられて彼のオフィスへと入る。

自らデザインした小部屋であり、『1Q84』のほとんどはここで書かれた。

同時にそこは彼の膨大なレコードコレクションの住処でもある。

(10000枚くらいだろうが、怖くて実際に数えてはいない、と彼は言う)

オフィスの幅広い壁二つは、床から天井までアルバムで覆いつくされている。

山々に向けて突き出している窓の下、部屋の端には巨大なステレオスピーカーが君臨している。

室内のもう一つの棚には村上の人生と作品にまつわる思い出の品々がある。

彼が『海辺のカフカ』で殺人者として想像したジョニー・ウォーカーを描いたマグカップ。

はじめてマラソンを完走したときの、くたくたの彼を写した写真(1991年ニューヨーク市にて、3時間31分27秒)。

壁にはレイモンド・カーヴァーの写真、グレン・グードのポスター、ジャズの巨匠の肖像がいくつか。

村上がもっとも好きなミュージシャン、テノールサキソフォンのスタン・ゲッツの写真もある。

私はレコードをかけてもらえないかと頼んでみた。

村上はヤナチェクの「シンフォニエッタ」を取り出した。

『1Q84』の始まりを告げ、その物語のなかで繰り返し鳴り響く曲である。

作品で示唆されるとおり、渋滞で聞くにはまさに最悪の音楽だ。

それは速く、アップビートで、劇的──まるで普通の曲が5つ、ペンキの缶のなかで決闘しているかのようだ。

同時にそれは熱狂し、ねちねちとした、暴力的な『1Q84』の冒険の主題曲として、もっともふさわしい。

村上はその奇妙さを買って「シンフォニエッタ」を選んだという。

「一度だけそれをコンサートホールで聴いたことがある」

「オーケストラの後ろにトランペットが15人いた。変だった。すごく変だった……その奇妙さがこの本によく合う。この物語にこれ以上よく合う音楽は思いつかない」

彼は何度も何度もその曲を聴いて、そして開幕のシーンを書いたという。

「シンフォニエッタを選んだのはまったく人気がない音楽だったからだった。でも本を出版してから、日本では人気が出た。小澤征爾さんに感謝されたよ。彼のレコードがよく売れたからね」

「シンフォニエッタ」が終わると、私は最初に買ったレコードは何か覚えているかと尋ねてみた。

彼は立ち上がり、棚をごそごそと探して、一枚のレコードを手渡してくれた。

「The Many Sides of Gene Pitney」。

カバーを飾るのは、華やかな姿の Pitney。60年代前半のアメリカのクルーナー歌手である。はまだらのアスコットタイに艶のある赤いジャケットを着て、髪型は崩れ落ちる波を凍らせたようにみえる。

村上は13歳の時、このレコードを神戸で買ったという(当初のものは擦り切れたため、何十年か前に買い直している)。

針を下ろすと、流れ出す Pitney の最初のヒット曲「Town Without Pity」。

劇的な、ホルンの即興とともに Piteny の歌声が黙示録的な叫びを歌う。

「若者にはつらいことがある、たくさんある/分かってくれる人がほしい/助けてくれよ/土と石でできたこの星が壊れるまえに」

終わると村上は針を上げ、「バカな歌だ」と言った。

『1Q84』というタイトルはダジャレである。

言語をまたいでオーウェルを引用したものだ。

(日本語では、9は英語のQのように発音される)

『1Q84』を書いているあいだ、『1984年』を読み直したかと尋ねてみた。

彼は読み直したといい、それは退屈だったという。

(これが悪い評価だとは限らない。野球のどこが好きかと尋ねた際、彼は「退屈だから」と答えた。)

「近未来小説は退屈なものばかりだ」と彼は言う。

「始まりはいつも暗く、雨で、人々が不幸せそうにしている。コルマック・マッカーシーの『The Road』は好きだし、よく書けているけれど、でも退屈だ。暗いし、人間が人間を食べるし……ジョージ・オーウェルの『1984年』は近未来小説だけど、この本は近過去小説だ」

『1Q84』について「我々は同じ年を反対側から見ている。近過去なら退屈じゃない」

オーウェルに親近感を覚えたかと尋ねた。

「オーウェルと僕はシステムについて同じ感じを受けていると思う」と村上は言う。

「ジョージ・オーウェルは半分ジャーナリストで半分小説家だ。僕は100パーセント小説家だ……メッセージを書くことはない。よい物語を書きたい。自分は政治好きな人間だと思うけれど、政治的メッセージを誰かに向けることはない。」

とはいえ村上はここ数年、彼にしては珍しく、政治的メッセージを大々的に言明している。

2009年、批判のなか彼はイスラエルでエルサレム賞を受賞しに行き、そこでイスラエルとパレスチナについて語った。

この夏、彼はバルセロナでの受賞式典の機会を利用して日本の原子力行政を批判した。

彼は、福島第一は二度目の核災害だとした。

一度目はまったくの被害者としてだったが。

バルセロナの演説について尋ねると、彼はパーセンテージを少し修正した。

「僕は99パーセント小説家で1パーセント市民だ」と言う。

「市民として言いたいことはあるし、求められればはっきりと言う。あのときまで原発について明確に反対する人はいなかった。だから自分がやるべきだと思った。自分にはその責任がある」

演説に対する日本の反応は概ね好意的だったという。

人々は津波の恐怖が改革への媒介となってくれることを、彼と同じように、期待していたのだ、と。

「これは日本にとって転機になると、日本人のほとんどが考えていると思う」

「悪夢だけれど、変化のチャンスでもある。1945年以来、僕たちは豊かになるために働いてきた。けれどそれはもう続かない。価値観を変えなければならない。どうやって幸せになるかを考えなければならない。お金でもなく、効率でもなく、それは人格と目的だ。いま言いたいことは1968年から僕がずっと言っていることなんだけれども、システムを変えなければならないということ。今は、僕たちがまた理想主義者になるべきときなんだと思っている」

その理想主義はどんなものか、アメリカ合衆国をモデルケースとして見ているのか、と尋ねた。

「アメリカはもはやモデルケースだとは思われていないと思う」

「いま、僕たちにはモデルケースがない。モデルケースを作り上げなければならないんだ」

地下鉄サリン事件、阪神大震災、そして今回の津波……現代日本の数々の災害は、驚くほどにまで村上的だ。

地下での暴力的な衝動、深く隠されたトラウマが大量破壊を引き起こすものとして現れ、地上の日常を襲う。

彼は深さのメタファーを多用することで知られる。

登場人物たちはカラの井戸に降りていき、東京の地下トンネルに生きる闇の生き物に出会う。

(彼は別のインタビューで、井戸のイメージをあまりに何度も使って恥ずかしくなったため、8作目以降、できるだけ使わないように心がけたと話している)。

彼は自分の創造性も、深さとしてイメージするという。

毎日机に向かい、集中力に満たされたトランス状態の中で、村上は村上的キャラクターになる。

それは、自らの無意識の洞窟たる創造性を探検し、見つけたものを忠実に報告する、普通の人物である。

「僕は東京に住んでいる。ニューヨークやロサンジェルスやロンドンやパリのように文明的といっていい世界だ。

 魔法じみた状況、魔法じみた物事に出会いたければ、自分の中に深く潜るしかない。だから僕はそうしている。

 魔法的リアリズムとも呼ばれるけれども、自分の魂の深みのなかでは、それは単なるリアリズムだ。魔法ではなく。

 書くときには、非常に自然で、論理的で、リアリスティックで、合理的に感じる。」

執筆しないとき、自分はどこまでも普通の人だと村上は強調する。

彼の創造性は「ブラックボックス」であり、意識的にアクセスすることはできないという。

彼はシャイであり、メディアにあまり登場したがらない。道端で読者から握手を求められた時にはいつも驚く。

人が話すのを聞くほうが好みだと彼は言う。

実際に、Studs Terkel の日本版のようなものとして彼は知られている。

1995年サリンガス事件があったとき、村上は被害者65人と被疑者らを1年かけてインタビューし、

その結果を分厚い2冊組の本として出版した。

のちにそれは『Underground』として、大幅な簡略化をしたうえで英語に翻訳された。

この会話が終わったとき、村上はランニングに誘ってくれた。(「僕が書くことについて知っていることのほとんどは、毎日のランニングを通して学んだ」と彼は書いている)

彼のランニングのスタイルは個性の延長のようだ。

身軽で、安定していて、実践的だ。

たがいの走り幅がつかめて1、2分たつと、村上は自分が単に「丘」と呼ぶところに言ってみないかと尋ねてきた。

それは試合の申し込みか警告のように聞こえた。

そんな言い方をした理由はすぐに分かった。

というのもまもなく「丘」を登り始めることになったからだ。

もはや走るというよりは、急な坂にさしかかって足をとられているというほうが近く、

地面が傾いたランニングマシーンのように感じられた。

道の終わりに向けて一足踏み込むと同時に私は村上に向けて「大きい丘でしたね」と言った。

そこで彼は指をさして、先にジグザグ道が続いており、私たちはまだほんのひと曲がり目を終えたにすぎないということを教えてくれた。しばらくして、二人の息が切れ切れになってくると、このジグザグ道には終わりがないのではないかと心配になってきた。

まるでどこかの村上世界にある無限階段のように。

上へ、上へ、上へ。

しかし、やっとのことで、私たちは頂上に着いた。

海ははるか下に見えた。

それは秘められた巨大な水世界、日本とアメリカのあいだの、人が住まない世界だ。

その日見たかぎり、水面は静かだった。

そして私たちは下りを走り始めた。村上は村を通る道に誘ってくれた。

大通りのサーフショップ、漁師の家がならぶ界隈を通り過ぎた(彼はそのあたりの庭に古くからの「漁師神社」があるのを指差して教えてくれた)。

空気は湿っていて塩のにおいがした。

私たちは並んで浜まで走った。

村上がかつて名もない翻訳者だったころセントラルパークでジョギングをともにしたジョン・アーヴィングについて話をした。

セミについても話をした。

何年も土のなかで生き、地表にぽっと出て、わめき、最後の数ヶ月を木の上で過ごすのは、どんなに変だろうかと。

私がおもに覚えているのは、村上の安定した脚のリズムだ。

走り終えて家にもどると、私は村上の来客用バスルームで着替えた。階下で彼を待つ間、食堂のエアコンの風を受けて立ち、大きな窓からハーブと低い木のある小さな裏庭を見ていた。

数分後、庭から迷い出た変な生物が私の視界に入ってきた。

最初それは鳥 – おそらくはその飛び方からして変な毛をしたハチドリのようにみえた。

が、すぐに2羽の鳥がくっついているようにみえだした。

飛ぶというよりはふらついているといった感じで、体の一部がそこかしこから垂れ下がっているようだった。

最終的に、それは大きな黒い蝶だと私は結論づけた。

見たことがないほど変な蝶だった。

浮かびながら、異星の魚のようにひらひらしつづけるその姿に幻惑させられ、

私はそれを既知の何かに分類したくなりかけたが、成功することはなかった。

それはひらひらと、およそ村上と私が走った道を引き返す形で、山から海に向けて飛び去った。

蝶が去ってまもなく、村上は階段を降りてきて、食堂のテーブルに静かに腰を下ろした。

見たこともない奇妙な蝶に遭遇したことを伝えると、彼は自分のボトルから水を飲み、私を見上げて言った。

「日本には色々な蝶がいる。蝶に会うのは変なことじゃない」

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2012.01.27

特許庁の55億かけて頓挫したプロジェクトの報告書が面白い(7)

特許庁の55億かけて頓挫したプロジェクトの報告書が面白い

http://www.asahi.com/business/update/0124/TKY201201240616.html 24日のニュース

http://www.meti.go.jp/press/20100820003/20100820003-2.pdf その発端ともいえる二年前の報告書

始まりは、ありがちな汚職だと思えた・・・その巨大プロジェクトの実体は!

1部~2部で内容が重複してるから、ストーリーだけ知りたい人は3部から読むのをお勧めする。図表もあるのでわかりやすい。

これについてのブコメやTwitterを見ていると不祥事を叩いたり、やめた事を批判して55億賠償しろって人も結構いるのだけど、なんかもうそういう問題よりも気になる点が山ほどある。自分の感想をまとめておく。不祥事そのものより、その裏にあるプロジェクト全体や日本の開発にありがちな問題にもっと注目されて欲しいのでそういう視点で書く。

情報共有

入札前の情報漏れにしても、その後のNTTとのやりとりにしても、情報漏洩やそれにまつわる金銭の動きは犯罪だ。けどもそれが行われた動機が私利私欲のためだけとは思えない。

共有されるべき情報が共有できるようにされていない。やりとりできるべき情報ができるようにされていない。必要な情報がちゃんと流れていないから、イレギュラーな方法で流れている。特許庁, NTT, TSOL この三社間のコミュニケーションがどこも投げやり丸投げ気味で、慢性的に情報不足だった感が伺える。ここを改善する必要があるよね。

極秘情報は必要最小限にして、より情報の共有を図るべき、入札前に必要な情報は公開できるようにすべきって報告書でも書かれている。

入札システム

入札での評価が金額偏重で、マネージメント力を評価してなかったって問題。マネージメント力を評価してないのマジやばい。あ、でもマネージメント力を評価するには、全体を理解できる人材が必要だよね。で、次の問題に繋がるんだけど。

上流偏重

報告書だと、上流の話しか出てこない。だから、「設計もろくにできないで55億無駄にしたのか!」って話になるけど、ちょっと待って。設計しかできない人間が山ほどいても捗るわけがないってことなんだよ。特に、このプロジェクトは既存システムを0から作り直すのだから、既存システムをよく理解して、また既存システムにかかわる技術者とよくコミュニケーションが取れて、それを設計に正しく咀嚼できるスキルの持ち主が必要で、設計しかできない人材ではなく全体を理解できる人材が必要だったはず。

既存システムをちゃんと理解できてない人間だらけになったということが報告書でも繰り返し指摘されてるけど、その根底には設計しかできない人間が山ほどいても捗るわけがないという問題があると思うんだ。

時間かけすぎ

6年?そもそも設計に数年ってのが、もうそういうの無理が来てるって感じ?6年経つ間に色々変わっちゃう。

どうしても、がちがちのウォーターフォールでやるなら、もっと受注も小分けにして、まずは既存システムの仕様まとめプロジェクトから開始するのが良かったんじゃないかな。

6年まとめてどん!だと中断の決断もなかなかできないよね。

問題が浮き彫りになったきっかけが汚職ってどうなの

これだけプロジェクトが炎上していたのに、汚職がきっかけで調査が入るまで炎上がちゃんと認知されていなかったというのがやばくね?もし汚職が見つからなかったら、炎上のまま・・・

これは国のプロジェクトだから汚職で厳しい調査が入って、プロジェクト炎上まで色々赤裸になったという見方もあるかも。民間だったらもっとなし崩し的に炎上プロジェクトを続行するケースが多いように思う。

人数増やせば解決できるというやり方

もうね、

TSOLによる設計作業は ,平成18年当初60人体制でプロジェクトをスタートさせたが,翌年初めには遅延が 始まったため,順次増員を行い,同19年3月には200人,同年5月には450人体制とした。

(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル

TSOLは ,工程の遅れの解消に向けて,大幅な人員の増強でこれに対処しようとし,平成20年11月以降に は 1300人もの体制を整えたが

(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル

破滅の足音しか聞こえない・・・

人数を増やすと教育コストが増える

あたりまえのこと。TSOLでも仕様をしっかり理解してる人は少数だったのに、増員の9割は下請けだったのだから、さらに破滅の様相が想像できるってものだよ。

下請け構造

大量の下請け同士の連携や情報共有がされていなかった。経験やノウハウの共有がなされていなかった。と報告書にある。なんでこうなっちゃうんだろうな。何のためのプロジェクト管理なんだろ。ノウハウの管理はもっと意識されるべきだよ。

そもそも、開発の遅れは人を増やす事で対処できるものなのだろうか?

人数増やしてプロジェクトが炎上するというのは、お約束すぎる。規模の大小や分野にかかわらず、開発をやった事のある人ならわかると思う。

開発や設計って?という人にもわかりやすいように説明する。

例えば、優れた売れっ子のマンガ家がいて、老練な担当者がついていて、名アシスタントがいて、才能ある若手アシスタントがいて、10人のチームでマンガを描いていたとしよう。一方、大して技術もない凡人を100人集めて、前出のチームと同じマンガができるとかと聞かれたらどう思うだろう?殆どの人はそれは無理じゃない?と思うだろう。1000人でも無理かもしれない。

開発も同じなんだよ、本質的にはね。

でもそう思われにくいのはなんでだろう?それは多分、開発に従事する人にはマンガ家のような才能や際立った技術は必要ないと思われてるからだ。言われた所を言われたようにベタを塗るだけがプログラマの仕事だと思われているからだ。実際それをプログラマなのだと定義している会社もある。技術はお金にならない低俗なものだという偏ったイメージもこの世界には蔓延している。それが上流偏重の問題なんだ。

売れっ子のマンガ家のような設計(マンガで言えばネームや原作)からプログラミングまでこなせる技術者、老練な担当者のようなプロジェクトマネージャ、名アシスタントのような匠のプログラマ、勉強熱心な技術者は実際に存在してる。並以下の人材を倍集めたって100人集めたって彼らと同じものができるわけじゃない。

でも、どんなプロジェクトにもそんなスター的な人材が確保できるとはいえないし、単純な増員で対応できるようにする必要が、日本の大きな会社や大きなプロジェクトではあった。それを可能にするのが分業化だ。工程を徹底的に分業化することで、末端のセクションの習得コストを出来る限り低くし、品質の維持も図る。言い方を変えれば、創作を出来る限り製造にするということ。

それによるデメリットは明確だよね。新しいアイデアが実現されにくくなる。時代の流れの速さに追いついていけない。個々の持っているスキルが生かされない、技術が評価されない。技術者のモチベーションが下がる。なにより、正しい分業化とマネージメントが行われずに盲目的に人数を増やすと、ただただ炎上にしかならないってこと。お金だけが莫大にかかっていくということ。

55億かけてもやめたのは英断だった

これは間違いない。

このまま続けていたら、沢山の技術者の尊い人生がデスマに捧げられただろう。数年間のどろどろの煮詰まった成果物は、黒歴史を語るまいとひた隠しに、更なる問題を生み出しながら使われ続けただろう。考えただけで悪夢だ。

このプロジェクトのやりなおしに、どれだけ前回の経験が生かされるのか、そこにこそ注目していきたいと思う。

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固すぎる人達の結婚について(8)

固すぎる人達の結婚について

あくまで与太話と予防線を張っておいて、自重しない日記を書いてみる。

結婚出来ない男にアスペ傾向の男が多いことは、今や殆どの人が多かれ少なかれ気づいていると思う。

すなわち結婚出来ない男の特徴のうち、相手やその場の空気に応じて自分の世界を動的に変えられない融通の利かなさとか、言語を用いる以外のコミュニケーションが困難ないし不可能というのは、アスペの傾向にバッチリ合致するし。

一方、結婚出来ない女の「自分のスペックを省みず、相手にやたら細かい条件や無理な条件を求める」という部分もまた、相手との共感能力に難があり、異常にこだわりが強いアスペであれば十分ありうる話。

独断と偏見を承知で言えば、アスペ傾向の女の女子会()での立ち位置は恐らく相当微妙だろう(しかも知らぬは本人ばかりなりとか)。もしかしたら彼氏が出来ただけで「あの子でも彼氏出来るんだ・・・」と影で言われてたりして。

そして気がついたらメンバーの殆どが結婚し、翻って自分はと言えば、過去に男経験があってもうまく相手と心が通じ合わず、それが自分のコミュ力や社会性に原因があるとは考えず、逆に男が悪いということでどんどん意固地になっていくと思われる。

その成れの果てが、現実を完全に無視した、恐ろしく無意味な条件闘争と考えると、すごく納得出来てしまうのだ。

しかもそんな女が1人や2人じゃなく、わんさといるらしいという現状、潜在的アスペが多いことの証左になりやしないだろうか。

ここまで読んで他人事じゃないと思った人は、AQ(自閉症スペクトラム指数)チェッカーでもやって自己採点してみるといいだろう。

もちろんその結果だけを片手に「あたしアスペだから・・・」などと言うのは、この日記を真に受けるくらい噴飯物なのでやめるべきだが。

じゃあもうアスペ同士で結婚しちゃえよみたいな暴論を言い出す人が出てきそうだが、双方が何らかの工夫や努力をしないことには、多分お互いに「あいつのせいで不幸になった」と罵り合って別れるのがオチだろう。

以上、妄想日記でした。

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2012.01.26

サブカル女が好かれない理由(2)

サブカル女が好かれない理由

先日、これを読んでいて思った。

http://michaelsan.livedoor.biz/archives/51621646.html

サブカル女が好かれないのは、多分、認めてほしいオーラが出てるからじゃないのかと。

女性は「自分がかわいいと思うことをする」信念みたいなものを持って行動していると思う。

一歩ひいてみれば、目が異様にでかくなるメイクも、露出高めの服も、「花や草木から祝福されてる♥」的発想も、理解しがたい。

が、それをやっている本人達はいたって純粋にそれが「かわいい」と思っているからやっている。

そこには、「私は好きでやっている。文句言われても、これがいいと思うからやる」という潔さがある。

彼女たちのエネルギーのベクトルは常に内側から発散されどこまでもまっすぐ突き進んでいく。

それに対して、上であげられたサブカル女はというと、バックを求めてる感がする。

「一眼レフカメラが好きな私ってどう?」

「マニアックな映画知ってる私ってどう?」

「漫画も本もけっこう読む私ってどう?」

いつも「どう?」という問いかけをしているように思える。

彼女たちが放ったエネルギーは、受け止め、きれいに返してくれる相手を探してまがりくねる。

そこが好かれないポイントなんではないかなと、思った。

ここで大事なのは「どう?」という問いかけの部分であって、

「一眼レフ」や「抹茶スイーツ」「マニアックな漫画・映画・音楽」ではない。

それをたしなんでいる自分って好き→どう?という「認めてほしい」オーラがめんどくさいだけだ。

サブカル女が好かれるには、「認められるはず」という期待をしなくなればいい。

自信のない自分を隠すための趣味を持たず、「好きなこと」を探せばいい。

こんなことを書いている私も、抹茶スイーツ大好きだし、一眼レフで写真とるし、漫画も映画も好む(マニアックかどうかは他人が決めることなので分からない)。

ラーメンズも好きだ〜。

服装はZipperではないけれど、近い。森ガールちょい入りくらいだ。

自分がサブカル女と認めるくらい、好きな物が当てはまっている。

腹の底から大きな声で好きな物を言え、他人にどう思われようともかまわないくらい、

潔いサブカル女をこれからも続けるつもりだ。

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仕事を休んでいる。(2)

仕事を休んでいる。

勤め先の職場を休んでいる。

パートで、自治体関係のゆるい職場、最初は事務だと聞いていた。

実際は、よく分からない仕事がてんこもりでこれが事務かという所だった。

聞いていた話と違うことなんかはどこにでもあることと割り切れた。

最初の4ヶ月くらいはやることもなく平和すぎて時間の過ごし方に悩んだ。

職場の人もいい人で雑談して和気藹々だった。

そんな中、一番上の上司が病気で退職した。

新しい上司が見つかるまで直属の上司と2人だった。

まだ会話はあった。

それが過ぎて新しい上司が来てから急に愛想の良かった直属の上司が一言も話さなくなった。

新しい上司は気のいい親分肌の上司なので私も上司も普通に話していた。

私が何か気に障ることをしたのだろうか、体調が悪いんだろうかと

心配しつつ、人数も3人の小さな職場だったので元に戻そうと努力した。

そのうち指示すらしてもらえなくなった。

でも用意されている仕事はこなさなくてはいけない。

確認のために質問すると「さっき言っただろ」

指示が不十分なので追加で質問すれば「そんなことも分からないのか」とため息をつかれる。

段々会話することすら恐怖で直属の上司の前に立つと冷や汗がでるようになった。

段々自分が仕事1つろくに出来ない駄目な人間だと思う様になった。

直属の上司の指示がもらえないので一番上の上司に相談に行く。

気のいい一番上の上司は丁寧に一緒に考えようとしてくれ、正直助かったと思っていた。

だが実質的な業務は引き継ぎがなかった一番上の上司よりも

直属の上司の方が知っているので聞きに行かないと進まないことが多い。

その内一番上の上司の心が手に取る様に分かってきた。

立場上上とは言え、何かを薦めようと思ったらその部下を通さなければ進まない。

しかも職場もパート以外話す人間もいない。

しかも部下は心底マイペースで話しかけても生返事。

段々、職場でもパソコンに向かって人間関係の改善を投げてる様な様子になってきた。

そうなると私は指示を仰ぐ人が上司しかいなくなる。

必死で話しかけても返事すらない。指示もなく書類を投げられ、任せられてた会議も外された。

ここら辺で、一番上の上司にこのままだと仕事をしたいという気持ちがなくなりそうだと

相談したが、なだめられて、一緒に愚痴を言い合って終わった。

申し訳なく思った一番上の上司が私の得意分野で仕事を用意してくれた。

恐らく仕事が楽しいと思えば続ける意欲が沸くだろうという厚意からだ。

しかし、それも指示を仰がないと進められない。

任せたとはいうものの、資料をこっちが用意して提出したら校正もせずにスルー。

相手方に送付してから、なんで勝手に送ってるんだと怒られる。

なんでこんなことになってるんだろう。

一番最初はあんなに優しかったのに。何が不味かったんだろうと

そればっかり考える様になって職場のドアを開けた途端に目眩と吐き気で

周りの人から顔色が良くないと言われてた。

ある日、他の職場の人と会話してたら「うちの課長が」と笑いながら愚痴られた。

どこにでもある困った失敗の後始末の楽しい愚痴。

どうして自分はこんな深刻な状態で動けなくなって泣きながら会社に行って

誰にも相談せずにいるんだろうと思ったら涙が出てきた。

結局退職の申し出を一番上の上司にした。

今ある仕事が落ち着いたら辞めたいと。

その次の日に直属の上司からいつもの様に理不尽な怒られ方をされた。

もう駄目だった、

そのまま体調不良で早退して家で号泣したら死にたくなった。

でも死ぬわけにはいかないので、一番上の上司にメールを書き、休職させてもらった。

それでもこんな状態で休んでいる自分が駄目人間でと考えて死にたくなる。

このまま辞めるにはどう持ち込めばいいのか分からない。

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2012.01.25

誰かこの写真をGIMPやフォトショップを使って雰囲気イケメンにしてくれないか(71)

http://imepic.jp/20120107/783280

http://imepic.jp/20120117/655540

誰かこの写真をGIMPやフォトショップを使って雰囲気イケメンにしてくれないか

(もしくはする方法を教えてほしい。コンタクトと髪を染めるのはなしで)

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告白(2)

告白

いまを遡ること20年ほど前、私がおむつを履いていたくらい幼かったころの話、

我が家にはおじさんが居候していました。

おじさんと私との関係はまあいろいろあって、ここで説明するのは割愛しますが

とにかくおじさんは、とある事情から一時的にうちに身を寄せていた人で、我が家の誰とも血縁関係はなく、全くの他人でした。

私が長じてから親に聞いた話では、当時おじさんは居候の費用を払う余裕がなかったため

家事をしたり私の面倒をみたりすることでその対価としていたそうです。

当時我が家は父だけでなく母も外で働いていたので、保育園で補うことができない時間はおじさんが格好のベビーシッターだったのでしょう。

私にもおぼろげながらおじさんと一緒に幼児番組をみたり公園に連れていってもらったりした記憶があります。

しかし如何せん遠い昔の話なので、印象的な出来事以外のことはあまり覚えていません。

長じてからの私は、赤の他人のおじさんとの共同生活、というぼんやりとした記憶を、なんとなく面白く感じていました。

 

話はがらりと変わりますが、私は中学校に上がる前からパソコンを買い与えられ、ネットサーフィンのうまみにどっぷりハマりました。

その年齢の子供の興味のあることといったらもちろん性に関することです。私も多分に漏れずネットに性教育を施されたようなものです。

2chような、男性の(あるいは露悪的になりすぎているほどの)本音が聞ける場所にも頻繁に入り浸っていたので、

レイプやロリコンなどといった一般的にはよろしくない性的嗜好も、ある種の冗談として何の抵抗もなく受け流すことができます。

彼等は、YesロリコンNoタッチ(YesレイプNo実行という文句があるかどうか知りませんが)を尊守する愉快な紳士だということを、私は知っています。

 

数年前、「おむつかぶれ」で検索すると幼児の陰部の画像が大量にヒットするという事実がVIPかどこかで面白おかしく紹介されていて、

これはやばいだろwwアグネス来るぞwwと私も草を生やして喜んでみたのですが

その、おむつにかぶれた幼児たちの尻や、小さな小さな局部の写真を見ているうち、

なにか今まで忘れていたものがいっぺんに頭の中に思い出されるような、思い出してはいけないような、思い当たってはいけないような、そんな恐ろしい気持ちに襲われました。

そして、今まで忘れていたのが不思議なくらい鮮明な記憶が、

今まで海馬のどこに刻み込まれていたのか不思議なくらい膨大な量の記憶が、いっぺんに頭の中で再現されました。

 

私にも、おむつかぶれをするくらい幼い時代がありました。

父も母もいないとき、おむつを変えてくれるのはおじさんの役目でした。

おじさんはいつも、「カユイカユイになったら困るからね」と、私の陰部をおしりふきシートで拭いてくれました。

おじさんは指をつかって、私の陰部のすみずみまでシートをさすり込みながらマッサージしてくれました。

おじさんは「ここにアカが溜まると病気になるから」といって、ある決まった場所を特に念入りにさすりました。

それがどこなのかはよくわかりませんでしたが、おじさんの暖かくて太い指でそこをさすられると、

なんだか居心地が悪いような、でもなぜか落ち着くような、奇妙な感じがありました。

その感覚が不思議で、なんとなく面白かったので、私はおじさんの手がそのあたりにゆくと大人しくさすられるのを待つようになったようです。

「そんなに触られたいんか。ほんまはあかんねんけどな。ここはママやパパにはナイショのところやで。触り過ぎたら病気になるから、ママに言うたら怒られるからな」

そういってひとしきり秘密のマッサージを続け、最後はおじさんが「もうおしまい」と言って、おむつをペリペリと閉じて終わります。

あの感覚が終わってホッとするような、でも名残惜しいような、もやもやする感じが残ったことを覚えています。

一連の記憶を一気に思い出した私は、ドラマのようにすぐさま洗面所に駆け込んで吐くというようなことはしませんでした。

ただうっすらと体温が下がったような、背中に寒気が這い上がってくるような、不快な感じがしただけでした。

 

おじさんのしたことは何だったのか。

私はそれまで、フィクション上のレイプやロリコンといった嗜好は、「実際の被害者がいないから、悲しむ人が居ないから」よしと考えていました。

おじさんのしたことは、客観的に見ればペドフィリアに類されるような、幼児に対する性的いたずらでしたが、

実際の被害者であった当時の私は全く悲しんではいませんでしたし、拒否もしていませんでした。

おじさんの指の動きがなにを意図しているのか知る由もなかったからです。

即時的には悲しむ被害者がいない性的虐待というのもあるのですね。

不発弾のような性的虐待、あるいは地雷のような性的虐待というものがありうるなら、おじさんの所業はまさにそれだったと思います。

おむつかぶれの一件が刺激となって、それまで眠っていた爆弾が起爆し、おじさんとのナイショの記憶の破片が私の脳内に突き刺さりました。

やりどころのない、そして消えることのない、熾火のような静かな怒りと悲しみが、あの時以来私に刻み込まれているようです。

もし私が一生あの記憶を甦らせることがなければ、私は傷つかずに済み、おじさんのしたことも永遠にナイショのままだったのに。

 

おじさんがいまどこで何をしているのか私は知りません。

両親に聞けばわかるかもしれませんが、聞きたくありません。

いくら居候で家族同然とはいえ、父親でない男性に愛娘のおむつを変えさせて何の警戒もしていなかった両親に恨みも覚えています。

 

とりとめもないですが、以上吐き出しでした

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創造性について思うこと(2)

創造性について思うこと

物を作る趣味をしようとすると、辛くてしょうがない。

例えば絵を描いたり、音楽を作ったりとか。

やりたいなあって思いはあるんだけれど、実際にやってみると、

こんな事やって何になるんだって、むなしい気分になる。

伊坂幸太郎さんのモダンタイムスという小説内に、

「物を作る人には、自己顕示欲と創作欲が両方ある」という記述がある。

話の本筋とはあまり関係ない文章なんだけれど、胸に引っかかる。

ぼくの場合、自己顕示欲が強くて創作欲が少ないから、構ってもらえないと虚しくなるのかもしれない。

プロアマ問わず無数の作品が日々投稿されるネットの中では、レベルが高くない作品はなかなか構ってもらえない。

ニコニコ動画やpixivを見ると、華やかなランキングの影には閲覧数10以下の作品が山のように投稿されている。

そこでめげずに作れるのは、性格だったり、才能だったりするのだろうか。

憧れはコントロールされたもので、本当の気持ちではないのかもしれないと考える。

漫画家やミュージシャンがなんだか格好良く見えるのは、

新しいアーティストを常に求めている人達の演出かもしれないし、

あるいは、画材や楽器を売りたい人達の演出なのかもしれない。

ステマステマ言われると、そんなことも思う。

その中で一握りが選ばれて、世に出るようになっている。

他の大勢は、のせられていて、創造性の被害者が大量に生まれる。

それでどうするか。完全に手を引くという方法がある。

なんだか諦めきれない思いを断ち切って、もう一切何も作らない。

きっと楽だけれど、逃避しているようにも感じられて、決断には勇気が要る。

または、辛い思いを持ちながらやり続けるという選択もある。

やり続けるのは格好良く見えるけれど、のせられ続けているようにも感じられる。

あちらを立てればこちらが立たず、一体どうしたら良いんでしょうね。

あと、創造系のヌルい相互評価サイトとかあったら、結構人集まるんじゃないかなあと思う。

pixivの下の方の人達が活発にコミュニケーション出来るように、システム側でサポートする感じの。

web屋の皆さんどうですかね?

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2012.01.24

愛は死より冷たい(16)

愛は死より冷たい

愛のこと。for 腐女子 --山形道場をもとにして--1). It Don’t Mean A Thing (If It Ain’t Got That Swing)~
  ああそうか。あなたたちは自分が愛されるってことがわかってないんだ。知識としては知っているだろう。でも、それを自分に起きることとして真面目に考えたことがないだろう。受精・着床したときのことを覚えていないように、だから知識が何をどういおうと、自分がこの世の始まりからずっといたように思いこんでまったく疑問を感じないでいられるように、愛の始まりもまたなくて、愛ってことがなにか現実味のまったくない絵空事で、「愛」という抽象的な観念のことならおしゃべりできるのに、自分が愛しあうっていう具体的な事実については何も考えることができない。
  だからあなたたちは、他人が愛されるとあんなにうれしそうなんだ。BL同人で何十人総受けを書いた。ノベルスをコミックスを、BLCDを何百集めて読み聴いた。誰それがさらわれ、りょうじょくされ、裏切りを受け、それでもラブラブでした。そんなことを知ってどうする。関係ないあなたには何の関係もないのに。でもあなたはそれをうれしそうに描写し、読む。他人は愛で傷つき、自分は無傷に生きている。それはあなたたちにとって、まさに自分が裏切られない、自分が「別れ」とは関係ないことの証明なんだろう。ほらごらん、こんなに人が失恋しても、わたしだけはこうして(傷つかず生きて)いるよ。あなたたちは日々そう自分に言い聞かせる。そうなんだろう。情死や悲劇的な愛が嬉々として描かれるのに、毎日それなりに起こっているはずの普通の愛 (:多分あなたがたがそう思ってるであろう異性愛) がこのジャンルで「特に」描かれないのは、失恋とつらい恋は運の悪い他人 (殊更男子が好きな男子) にだけ起こるもので、自分 (というヘテロ女子) に起こるものじゃないと思ってるからだ。
  そしてだからこそ、あなたたちは愛ってことを何も考えずにいられる。時間が限られ、残された時間はわずかで、できることもわずかだと考えたこともない。自分が恋愛による何かを受け取り、誰かを愛し返すってことも考えたことがない。今が永遠に続き、自分は永遠にいると思っている。愛されると思わないから、愛したいという欲望もうまれない。いるだけ。そんなやつが神妙な顔で言う。「愛は尊い」「愛のためならなんでも許される」
  「尊い」! あんたは尊いってのがどんなことか知りやしない。決まり文句をコミックスとノベルスと同人とネットで覚えただけ。その愛とペアの「愛すること」や (たまさか同性が好きな人々のことや、愛されてないと思い込んでるあなたと同じようなでも性別は逆の誰かのこと) なんかまるで考えてない。ましてや「愛のため」に受けがどんなことをされるのか?そのバリエたるや。それも「自分は(ずっと変わらずに)いる」ということを受けを身代わりに差し出して悦にいっているだけなんだ。だから「なぜ?」ときかれて答えられない。「( スウィング ) しなけりゃ意味がない」とはよく言ったものよ。これは比喩でもなければいやみでもないんだ。それをわからなきゃいけない。あなたたちは、わたしは、バカだ。だから愛してみなきゃいけないのだ。愛ってのがどいうことか、切実に知らなきゃいけない。そして愛を自分で踊ったとき、わたしたちは「愛されること」についても知っている、かもしれない。やっとそこになにか知恵があるかもしれない。
  じゃあまた。
愛のこと。for 処女厨 --山形道場をもとにして--2). Love The One You’re With
  ああそうか。あなたたちは自分がSEXするってことがわかってないんだ。知識としては知っているだろう。でも、それを自分に起きることとして真面目に考えたことがないだろう。生物学的父親と母親が致したその時のことを覚えていないように、だから知識が何をどういおうと、自分がこの世の始まりからずっといたように思いこんでまったく疑問を感じないでいられるように、SEXのきっかけもまたなくて、SEXするってことがなにか現実味のまったくない絵空事で、「SEX」という抽象的な観念のことならおしゃべりできるのに、自分がSEXするっていう具体的な事実については何も考えることができない。
  だからあなたたちは、他人がSEXしてるとあんなにうれしそうなんだ。AVで男優が何十人こました。HDDの中の女優、攻略済みギャルゲキャラが何百人超えた。美女がやられ、泣かされ、気絶し、撮影事故で亡くなった。そんなことを知ってどうする。関係ないあなたには何の関係もないのに。でもあなたはそれをうれしそうに集め、表現する。他人はSEXで破滅し、自分はこうして生きている。それはあなたたちにとって、まさに自分が傷つかなない、自分が寝取られとは関係ないことの証明なんだろう。ほらごらん、こんなに人が浮気されても、わたしだけはこうして(裏切られず生きて)いるよ。あなたたちは日々そう自分に言い聞かせる。そうなんだろう。心中や不倫事故死が嬉々として報道されるのに、毎日それなりに起こっているはずの恋人同士の日常の愛があまり描写されないのは、浮気は (殊更) 運の悪い他人にだけ起こるもので、「賢いので愛する他者を持たなかった」自分がされるものじゃないと思いたいからだ。
  そしてだからこそ、あなたたちはSEXの根本の愛ってことを何も考えずにいられる。時間が限られ、残された時間はわずかで、できることもわずかだと考えたこともない。自分が恋愛による何かを受け取り、誰かを愛し返すってことも考えたことがない。今が永遠に続き、自分は永遠にいると思っている。SEXできると思わないから、本当に愛したいという欲望もうまれない。いるだけ。そんなやつが神妙な顔で言う。「SEXは尊い」「好きだからこそ」
  「尊い」! あんたは尊いってのがどんなことか知りやしない。決まり文句を18禁コミックスとラノベと同人とネットで覚えただけ。そのSEXとペアの愛のこと (行為自体が相手に負担をかけること、そして愛されてないと思い込んでるあなたと同じようなでも性別は逆の誰かのこと) なんかまるで考えてない。「好きだからこそ」があの汁多めですか?それでもまだ相手に処女を望むのですか?きっと「自分は(裏切られたくないからリアルのたった一人を決めずに)いる」ということを言い換えて悦にいっているだけなんだ。だから「なぜ?」ときかれて答えられない。「そばに居る人をただ愛すればいい」とはよく言ったものよ。これは比喩でもなければいやみでもないんだ。それをわからなきゃいけない。あなたたちは、ぼくは、バカだ。だからまずは愛あるSEXをしてみなきゃいけないのだ。愛ってのがどいうことか、切実に知らなきゃいけない。そしてそこから帰ってきたとき、ぼくたちは少しばかり愛とSEXについて知っている、かもしれない。やっとそこになにか知恵があるかもしれない。
  じゃあまた。
「原文」山形道場 最終回 最後のおことば:死ぬこと。http://cruel.org/wired/dojo199809.html
  ああそうか。あなたたちは自分が死ぬってことがわかってないんだ。知識としては知っているだろう。でも、それを自分に起きることとして真面目に考えたことがないだろう。生まれてきたときのことを覚えていないように、だから知識が何をどういおうと、自分がこの世の始まりからずっといたように思いこんでまったく疑問を感じないでいられるように、終わりもまたなくて、死ぬってことがなにか現実味のまったくない絵空事で、「死」という抽象的な観念のことならおしゃべりできるのに、自分が死ぬっていう具体的な事実については何も考えることができない。
  だからあなたたちは、他人が死ぬとあんなにうれしそうなんだ。毒薬で人が何十人死んだ。地震で、何百人死んだ。だれが殺され、焼け死に、圧死し、事故死した。そんなことを知ってどうする。関係ないあなたには何の関係もないのに。でもあなたはそれをうれしそうに報道し、読む。他人は死んで、自分はこうして生きている。それはあなたたちにとって、まさに自分が死なない、自分が死とは関係ないことの証明なんだろう。ほらごらん、こんなに人が死んでも、わたしだけはこうして(生きて)いるよ。あなたたちは日々そう自分に言い聞かせる。そうなんだろう。事故死や事件死が嬉々として報道されるのに、毎日それなりに起こっているはずの自然死が特に報道されないのは、死は運の悪い他人にだけ起こるもので、自然に起こるものじゃないと思ってるからだ。
  そしてだからこそ、あなたたちは生きるってことを何も考えずにいられる。時間が限られ、残された時間はわずかで、できることもわずかだと考えたこともない。自分が何かを受け取り、遺すってことも考えたことがない。今が永遠に続き、自分は永遠にいると思っている。死ぬと思わないから、生きたいという欲望もうまれない。いるだけ。そんなやつが神妙な顔で言う。「生命は尊い」
  「尊い」! あんたは尊いってのがどんなことか知りやしない。決まり文句をテレビで覚えただけ。その命とペアの死のことなんかまるで考えてない。  「自分は(ずっと)いる」ということを言い換えて悦にいっているだけなんだ。だから「なぜ?」ときかれて答えられない。「バカは死ななきゃなおらない」とはよく言ったものよ。これは比喩でもなければいやみでもないんだ。それをわからなきゃいけない。あなたたちは、ぼくは、バカだ。だから死んでみなきゃいけないのだ。死ぬってのがどいうことか、切実に知らなきゃいけない。そしてそこから帰ってきたとき、ぼくたちは少しばかりなおっている、かもしれない。やっとそこになにか知恵があるかもしれない。
  じゃあまた。
  • ※『要するに』再読中、「死と愛は置き換えられるなぁ」のワンアイデアで引っ張ってみた。腐女子だけだと不公平なので男ver. も作った。上記のことは本気で思ったり思わなかったり、冗談だったり。対象となる人々がそんな無自覚なひとたちとは思ってないがこの切り口のほうが面白いんで、暴走しつつもなるべく原文準拠で。
  • オタク周辺のマッチングはどうにかならないものか?お互い身近にならんものか?的思考実験でした。暑いのでご自愛下さい。
  • 参考
    • タイトル引用 『愛は死より冷たい』柳下毅一郎
    • 引用 『要するに』山形浩生 河出文庫版 本文p176-178
    • タイトル引用 “It Don’t Mean A Thing (If It Ain’t Got That Swing)” by: Duke Ellington with lyrics by Irving Mills
    • タイトル引用 “Love The One You’re With” by: Stephan Stills

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